チーズの王様 ブリー

フランスからの便り 2010~ : UPDATE /

歴史に名を残したチーズ

フランク王国の王シャルルマーニュ(カール大帝)が774年頃にブリーを食べ、「余はまさに極上の一品を発見した」と喜んだとされています。歴史は流れ、ブルボン朝最盛期の王で太陽王の異名をとったフランス国王ルイ14世や断頭台の露に消えたルイ16世にもブリーは愛されました。フランス革命が激しさを増す中、逃避行中のルイ16世と王妃マリー・アントワネットがブリー地方のヴァレンヌという町で捕らえられたときに所望した食べ物がブリー・ド・モーだったとか。

その後のフランス革命の成功で、美食愛好家の革命家が言った言葉。
「ブリー・ド・モーは金持ちにも庶民にも愛され続けている。革命が起こると想像すらできなかった頃から、ブリーは人々に平等を説いていたのだ。」

ナポレオン失脚の後に、1815年フランスが敗戦国として参加したウイーン会議。各国の利害が絡み合い、「会議は踊る、されど進まず」と饗宴外交に明け暮れました。美食家としても知られるフランスの外交官タレイランがブリー・ド・モーが一番おいしいチーズだと言えば、他国の外交官も自国のチーズが一番と言い張りました。それでは、それぞれチーズを持ち寄って、一番おいしいチーズを決めようではないかということになり、50種類を超えるチーズの中から、満場一致で一番おいしいと選ばれたのが、ブリー・ド・モーだったそう。王様のチーズがフランス革命の後にチーズの王様となるわけです。

チーズプレート Le plateau du fromage

フランスで一般的にチーズは、料理を一通り食べた後デザートの前に出されます。木の四角い盆「プラトー」にチーズを2、3種類載せてテーブルへ運びます。チーズプレートに添えられたナイフで好きなだけ自分の皿へ取り分けます。そして、バゲットやパン・ド・カンパーニュにのせて食べます。ライ麦パン、胡桃パンやレーズンパンをあわせることもあります。チーズを食べるときに、ヴィネグレット(酢とオイルベースのドレッシング)で調味したシンプルなサラダを一緒に食べることが多いです。

来客や祝い事の場合に、写真のようにデコレーションされたチーズプレートをだすことがあります。これはチーズ店で用意されたものを購入したもので、名札が挿してあります。真ん中の花びらを重ねたような形のチーズは、テット・ド・モアン(修道士の頭)というチーズで、専用のチーズ削りのジロールで花びらのように削って食べるスイスのチーズです。

その他、左手下より時計回りに、黒胡椒をまぶしたブリー(Brie aux poivre)、ロックフォール(Roquefort)、トム・ド・バスク(Tomme de Basque)、ヤギ乳のチーズ シェーブル、ハーブをまぶしたコルシカ産羊乳のチーズ ブレビ(Brebis corse aux herbes)、リヴァロ(Livarot)です。黒いシールの金色の包みは日本でも有名なA.O.C.エシレバターです。
こうして見てみると、白カビチーズ、青カビチーズ、ウォッシュタイプ、羊乳、山羊乳チーズとバラエティに富み、食感、味と見た目のバランスを取って用意されているのが分かります。

チーズプレート

ブリーチーズ三兄弟

さて今回の主題のブリーに話を戻しましょう。
ブリーはモー生まれの長男「ブリー・ド・モー」、ムラン生まれの次男「ブリー・ド・ムラン」、クロミエ生まれの三男「クロミエ」と兄弟に例えられて紹介されます。原料乳も製法も似ていながら、それぞれ見た目も性格(味)も少々異なるためです。

サイズは長男が一番大きく、次男が中くらい、三男が一番小さく、一般の家庭で丸ごとや半分買うのはクロミエだけで、後の二つはケーキを切り分けるようにチーズ店で必要な量を買います。それぞれのブリーについて以下に簡単にまとめました。

 

ブリー・ド・モー Brie de Meaux A.O.C.
種類 白カビチーズ
産地 セーヌ・エ・マルヌ、ロワレ、ムーズ、オーブ、マルヌ、オート・マルヌ、ヨンヌ県
原料 牛乳(無殺菌乳)
固形分中乳脂肪 最低45%
熟成 4週間以上
サイズと重さ 直径 36~37cm、厚さ 2.5から3cm、重さ 約2.8kg

地図ソース http://www.la-seine-et-marne.com/recettes/brie-meaux.html

1980年にA.O.C. (フランスの農業製品、ワイン、チーズ、バターなどに対して与えられる認証 アペラシオン・ドリジーヌ・コントロレの略)を取得しています。年間約8000トン製造されるフランスの人気白カビチーズです。

白カビのチーズは外側から熟成が始まり、上の写真のように、中に硬い芯が残り、外側が柔らかくなってきている熟成具合のものが好まれます。

クリームのコクと甘みがあって、よい塩加減、なめらかな舌触りがいろんなワインと合うそうです。よく挙げられる代表的なものはブルゴーニュの赤、ボルドーのポメロール、サンテ・エミリオンなど。

ブリー・ド・モーが製造されている場所

 

 

ブリー・ド・ムラン Brie de Melun A.O.C.
種類 白カビチーズ
産地 パリのすぐ東のセーヌ・エ・マルヌ県、オーブ県、ヨンヌ県
原料 牛乳(無殺菌乳)
固形分中乳脂肪 最低45%
熟成 最低4週間 通常6~8週間
サイズと重さ 直径 27~28cm、高さ 約3cm、重さ 約1.5kg

地図ソース http://www.la-seine-et-marne.com/recettes/brie-melun.html

少なくとも1000年以上存在していると言われ、すべてのブリーの祖先ではないかと言われています。ブリー・ド・モーと同じ年にAOCを取得しています。

ブリー・ド・ムランは原料乳を乳酸で18時間以上と時間をかけて凝固させていること(助力として仔牛の第4胃から生成した凝乳酵素、レンネットも使用)、熟成期間が8週間と長いことが関係し、先に挙げたブリー・ド・モーとはまったく味わいが異なります。モーが上品でおだやかだとすれば、ムランは、塩味が強くコクがあり、パンチがきいた味わいとも言えます。野趣があると言ってもいいと思います。

マリアージュと言って、パン・ド・カンパーニュとGaillac産のワインと合わせることを薦めていますが、ブルゴーニュやコート・ドゥ・ローニュの赤ワインなどとも合うそうです。

年間8000トンも作られているブリー・ド・モーと比べ、生産量はずっと少なく約270トン。主にセーヌ・エ・マルヌ県の小さな乳製品製造業者で作られています。

ブリー・ド・ムランが製造されている場所

 

 

クロミエ Coulommiers
種類 白カビチーズ
産地 フランス イルドフランス パリ近郊 クロミエ
原料 牛乳(無殺菌乳または殺菌乳)
固形分中乳脂肪 45%から50%
サイズと重さ 直径 13~15cm、厚さ 3cm、重さ 400~500g

クロミエはA.O.C.を取得していません。大きさはカマンベールを一回り大きくした感じです。ブリー・ド・モーが直径40cmにも達するのに対し、クロミエはずっと小さく13cm、これは流通の簡易化のためにわざわざ小さいブリーを作ったのだそうです。

写真のものは熟成がかなり進んでいます。ふかふかの白カビに覆われた表面は、かすかにツンとした匂いで、中身が流れ出しそうです。味はクリームのコク、甘さ、塩味のバランスがよく、かすかに木の実の香りがします。

ブリー・ド・モーと同じく、中に固めの部分が残り、外側にかけてやわらかくなった熟成具合ものが好まれ、おだやかな風味が皆に好まれます。機会があれば、無殺菌乳を使って作られたクロミエ・オ・レ・クリュ(Coulommiers au lait cru)を召し上がってみてください。

このほか、ブリーで比較的知られているものは、ブリー・ド・ナンジ(Brie de Nangis)、ブリー・ド・モントロー(Brie de Montreau)、ブリー・ド・プロヴァン(Brie de Provins)、また羊歯の葉で飾られたフージェリュ(Fougerus)があります。パリのチーズ店ではなかなか見ることのないこれら4種類のブリーも、前回のコラム「クロミエから」で紹介したような、ブリー地方のマルシェやチーズ店で見ることができるようです。

ブリーを使った地元のレシピ

チーズは加熱調理してもおいしく、フランスでもチーズをよく料理に使います。チーズフォンデュやラクレット、タルティフレットなどはその一例です。熱で溶けたチーズならではのおいしさがありますね。ここでは、ブリー地方の簡単な軽食を二品紹介します。

<ブリーのホットサンド> Le Croque Briard (準備時間10分、調理時間5分)
薄切り食パン 2枚
ブリー・ド・ムラン 125g
バター 100g
少々
胡椒 少々


1. 皮を除いたブリーとバターをよくフォークなどで混ぜ、塩、胡椒をする。
2. 食パンに挟み、オーブントースターで5分くらい焼く。

ヴィネグレット(酢とオイルのドレッシング)をかけたグリーンサラダと一緒に召し上がれ。

<ブリーのガレット> La Galette Briard (準備時間20分、調理時間15分)
小麦粉 500g
バター 100g
ブリー・ド・モー 200g
卵黄 2個分
グラス4分の1
ナツメグ 少々
少々
胡椒 少々


1. ブリーの皮を除いて、フォークで簡単につぶす。
2. ボールに小麦粉とバターを入れる。つぶしたブリーを加える。
3. ナツメグの粉と卵黄、水を加えながらよく手で混ぜる。
4. 生地を1cmの厚さに広げたら、グラスのふちなどをつかって型を抜く。
5. フライパンにバターを少々溶かし、丸く型を抜いた生地を中火で焼く。

レシピ出典: l’Union Syndicale Interprofessionnelle de Défense du Brie de Meaux

ブリーの多くは、チーズを普段召し上がらない方も、試しやすいチーズです。舌触りはなめらかで、味のバランスもよく、匂いもきつくありません。白い皮の部分も食べられます。チーズ全般に言えることですが、買って来た後は、冷蔵庫に保管して、食べる一時間前くらいに(夏場は短く)、常温に置くようにすると、チーズの複雑な味がよく味わえます。いろいろお試しになって、好きなブリーと好きな飲み物との組み合わせも見つけてください。

五条ミショノウさやか

2004年からパリに在住。 家族は夫と娘が二人。 業界誌や講演録などの英日翻訳をしています。