ガレットと般若心経の一月

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「ゆく川の流れは絶えずして、しかもものと水にあらず」で始まる鴨長明の方丈記は
テロや災害など現代の無常の世の中を生きるヒントを与えてくれます。フランス暮らしの私にとって日本の伝統文化は、方丈の庵(いおり)。
見るたびに、触れるたびに豊かでくつろいだ気持ちを取り戻せます。

日本びいきを育てる

パリでは唯一、正規授業で日本語が学習できる中高一貫の国立校に娘二人が通っているおかげで、日本の伝統文化に接する機会が度々あります。
その学校で昨年秋から池坊の生け花を長女と教わっています。

池坊の生け花

この学校には、保護者が十数年活動している「着物アトリエ」もあります。
学校行事の際に、日本語を学習する生徒に振袖や紋付羽織袴を着付けるため、学校の会議室の一角を借りて保護者を中心に、時には生徒も参加して着付けを練習しています。そこで振袖や袋帯を扱うたびに、あるいは生け花で「パチン」と音をさせ花バサミを使うたびに、伝統文化というのは、楽しかったり、美しかったり、心に響く体験を見る人、する人に与えるから続いてきたのだと感じます。

着物姿の高校生学校のコンサートに振袖と紋付羽織袴で出演する高校生

少し時間は遡りますが、昨年9月にパリをご訪問中の皇太子殿下が学校を訪問され、日本語や国語の授業を見学された時のこと。*1
1600名を超える生徒数があるマンモス校なので、殿下と随行の方々の動線に生徒が間違っても入ってこないよう、当日廊下で見張り役のボランティアに加わりました。

「お話が終わって気がついたら、手にすごい汗をかいていて。だから、手をさし出された皇太子殿下と握手をする時、どうしよう!?ってすごく焦りました」と、殿下から授業で学ぶ古典について質問を受けた男子生徒は話していました。彼はお母さんがイタリア人でお父さんが日本人ですが、この日の体験はしっかりと彼の記憶に残るでしょう。

この学校で日本語をひらがなから学ぶフランス人生徒は、大抵マンガとアニメがきっかけで入学します。そして日本語の授業と生け花、囲碁、百人一首などのカルタ大会といった課外活動を通じて、メディアを通したアニメ、マンガ以外の「日本」も体験し、中高の7年間を通して日本への興味や知識を深めてゆきます。日本びいきが育つ学校と言っても大げさではないと感じます。

*1:フォンテーヌ校 日本語コース保護者会のAAFJのウェブサイト
https://aafj.weebly.com/newsinfo/prince_naruhito

このように、ここ2、3年私はボランティアと趣味が日本一色なだけでなく、翻訳仕事のクライアントも日本とアメリカの法人です。それでフランスの、パリの何が書けるだろうと思うこともあります。しかしフランスに生活の拠点を移して15年がたち、私が体験するフランスの、そしてパリの、特に食べることにまつわる「あれこれ」を、今年も定期的にコラムで読んでくださる皆さんに伝えていけたらと願っています。

オープン・フード・ファクツOpen Food Factsって?

OPEN FOOD FACTS

夫の学生時代からの友人Stephane Gigandet(ステファン・ジガンデ)が立ち上げたOpen Food Facts*2という食品のオープン・データベースのサイトとアプリがあります。
買い物する時など、商品名を入力するかバーコードをスキャンすれば、その食品の詳細(製造地、有機か否か、原材料、脂質や糖分など栄養成分、添加物と多量摂取の場合の危険度、アレルギー情報、加工度など)が一目で分かり、ここ1、2年フランスのテレビやラジオで紹介され、注目されるようになりました。健康や環境への不安がきっかけで、より安全で、環境への負荷の少ない食品に関心を持つ人が増えているのが、ステファンの長年のプロジェクトが日の目を見るようになったことからも伺えます。
現在46万を超えるフランスの食品と世界200カ国の70万の食品がこのデータベースで見られるようになっていると、フランス版のブログにあります。

*2:Open Food Facts
world.openfoodfacts.org(英語)
  fr.openfoodfacts.org(フランス版)

ビオの売り場で

フランスでは、BIOと呼ぶ有機農法で作られた穀物、野菜、果物、有機農法の飼料で育てた肉、これらを原材料とする加工食品、また自国産、中小生産者の食品を好む傾向が続いています。
AB(Agriculture Biologique アグリクルチュール・ビオロジックの頭文字、有機農法いわゆるオーガニック)やBIOの記載に注目し、食品を買う人が増えました。

一時日本に進出し、その後撤退したこともあって日本でも名前が知られるカルフール(Carrefour)。そのカルフールでもBIOの売り場面積が大幅に拡大し、商品数も増えています。郊外型の大型スーパーで店舗が大きいだけに、一つの通路全体がヨーグルトだけ、ハムだけだったりしますが、BIOの一種類の食品だけで陳列の一面を占める、通路全体を占めるのを見たのは今月が初めてです。

通路全体がBIOのヨーグルト通路全体がBIOのヨーグルト
BIOの肉が一面にBIOの肉が一面に

BIO食品の増加は大型スーパーに限らず、街中の小型スーパーでも同じです。自宅の前にあるコンビニ・サイズのスーパーでも、写真のようなヨーグルト、パスタ、バター、チーズなどをたくさん置いています。パリで10年前と同じような行動範囲で生活をしていても、人の好みを反映して世の中は素早く変わってゆきます。

BIOのチーズたち真ん中のハート型はイギリスのチェダー、手前はフレッシュ・シェーブル
えんじ色のパラフィンに包まれたこっくりと濃厚なチェダー。
スライスしておつまみに。酸味のあるフレッシュシェーブルは蜂蜜と合わせても。

世の中を動かす「不安」

フランスの反政府デモも、イギリスのEUからの離脱ブレグジットも、アメリカのトランプ大統領の当選も、人々の生活不安、テロに対する不安、移民に対する不安が政治的な意思表現となって現れました。先ほどのBIOの食品の増加も同じく、人々の不安が政治や消費行動、世の中を動かす一因につながっているのが見えてきます。

ガレット・デ・ロワとシードル
1月6日エピファニー(公現祭)のガレット・デ・ロワとシードル。
両方ともパリ市内に5店舗あるBIOのパン屋「ブーランジュリー・モアザン」のもの
*3

翻って個人として何ができるのかと思うと、よく分からないというのが本当のところ。無常の世の中を冷静に見つめながらも、不安やこだわりにとらわれ過ぎず生きたいものです。

年の始まりに、東方の三博士と神の子イエスの出会いを記念したエピファニー(公現祭)をガレット・デ・ロワで祝うフランス。日本でもこの伝統菓子が知られるようになりました。中に入ったフェーブと呼ぶ陶器の小さい人形が当たった人が王冠をかぶってロワ=王様になり祝福されるので、新年に神社で引くおみくじみたいな感覚でしょうか。

1月21日の産経新聞に、僧侶のミュージシャン薬師寺寛邦(かんほう)さんの紹介記事が載っていました。
夕食後、この方の「般若心経cho ver[short mix]」*4をYou Tubeで聴いていたら、横にくっついていた高校生の娘がすやすや寝てしまいました!まさか般若心経が子守歌になるなんて。そう言えば、ガレットのフェーブも当たったり、当たらなかったりでおみくじのように「吉凶あざなえる縄のごとし」ですし、般若心経も「無常」を説いています。玄奘三蔵がインドから持ち帰り翻訳したという般若心経に、また無常に生きる人の世に想いを馳せつつコラムをしめくくりたいと思います。今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

*3:Les Boulangeries Moisan
http://www.painmoisan.com/
*4:般若心経cho ver[short mix]
https://www.youtube.com/watch?v=wyUaRYLTbr0

五条ミショノウさやか

2004年からパリに在住。 家族は夫と娘が二人。 業界誌や講演録などの英日翻訳をしています。