光溢れる公国、モナコ

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新型コロナウイルス感染症による被害がまた深刻化する中、フランスでは少なくとも12月1日まで再び外出禁止令が実施されています。今回は小中高等学校が閉校されず、公共施設も利用可能など、前回に比べ内容が緩和され、ある程度、日常活動が継続される形となりました。
凶悪なテロ事件も起こり暗いニュースが相次ぎましたが、このような状況になる前にモナコ公国を訪れる機会に恵まれました。そこで今回は、気分も明るくなる地中海の光に満ちたこの隣国へのささやかな旅にお付き合いいただければ幸いです。

モナコ公国

鮮やかな紺碧の地中海に面した光溢れるコート・ダジュールのモナコ公国。バチカン市国に次ぐこの小国は、南仏最東端のアルプ=マリティーム県に囲まれ、ニースから東に約20キロ、イタリア国境から西に約15キロの海岸線に位置します。
2平方キロメートル未満の面積に約3万8000人が住み、人口密度は世界一。その人口の約3分の1が億万長者、自国籍者は全体の24%と、世界でも稀な人口構成からなる都市国家です。
フランスとの国境線は意外とさりげないもので、特に道路標識に注意していないと、街並みが突然豪華で立派になったと思えば、そこはモナコだったといった感じです。
(モナコ国境の標識。モンテカルロ地区はフランス語とモナコ語の2か国語で表示されています。モナコ語は中学校で教えられ、国民の間で守られ続けています。その下にあるボーソレイユはフランス側の町の名前で「美しい太陽」という意味。この地域の恵まれたお天気がそのまま地名になっています。)
(モナコ国境の標識。モンテカルロ地区はフランス語とモナコ語の2か国語で表示されています。モナコ語は中学校で教えられ、国民の間で守られ続けています。その下にあるボーソレイユはフランス側の町の名前で「美しい太陽」という意味。この地域の恵まれたお天気がそのまま地名になっています。)
公用語がフランス語で、国内人口の内、モナコ人とフランス人の割合もそれほど変わりません。モナコへ通勤する約5万人の外国人の中でフランス人の数が圧倒的に多いという事実からも想像できるように、フランスとの文化的違いはほとんど感じられません。この国唯一のプロサッカーチーム、ASモナコが仏サッカーリーグ所属である事からも両国の身近さが伺えます。フランスからモナコへ来て印象的だったのが、街の所々に警察の姿が見られ治安がとてもしっかりしている点です。観光客が多く高級ブティックが並んでいるのにも関わらず、パリのようにスリなどの心配がいらないのです。
モナコ公国と言えば世界有数の富裕層率を誇る国で、年間300日以上が晴天で温暖な気候にも恵まれた高級海岸リゾートとしても知られます。先月亡くなった名優ショーン・コネリーが、初代ジェームズ・ボンドを務めた映画007シリーズなどにも登場する華やかなモンテカルロ地区のカジノや、世界中からセレブリティが集まるF-1のモナコグランプリなどが有名です。
(カジノ・ド・モンテカルロ。設計者はパリ・オペラ座も手掛けたあのシャルル・ガルニエ。優雅な建築だけでなく、周辺に集まる超高級スポーツカーの数々も目を見開くものです。)
(カジノ・ド・モンテカルロ。設計者はパリ・オペラ座も手掛けたあのシャルル・ガルニエ。優雅な建築だけでなく、周辺に集まる超高級スポーツカーの数々も目を見開くものです。)
世界中の大富豪たちがこの国に集まる理由は、1869年以来、所得税や不動産税を課さない富裕層に有利な税制度です。不動産価値も世界のトップランキングを占め、1平方メートルの値段が9万ユーロ(11月現在のレートで約1105万円)以上の物件が売れたという記録もあります。国の主な収入の一つが建築業を含む不動産業から成っている小国モナコの敷地は非常に限られ、新たに埋め立て工事が進められているとは言え、今後更なる建物の高層化はやむを得ません。
(今後どんどん増えていく高層ビルはすでにモナコの街景色の一部となっています。)
(今後どんどん増えていく高層ビルはすでにモナコの街景色の一部となっています。)

モナコの歴史

公国とは、ヨーロッパの位の高い貴族の「公」が君主として統治する小国のことをいいます。例えば、イギリスが王国で「kingdom(キングダム)」であるのに対して、モナコは「principality(プリンシパリティ)」でプリンスを君主とする国です。現在のプリンス、つまりモナコ大公はアルベール2世で、20世紀最大のシンデレラ・ストーリーとして世界の注目を浴びたハリウッド大女優グレース・ケリーと先大公レーニエ3世のご嫡子です。
(左/アルベール2世大公ご一家のお写真は、郵便局やお店など街の所々に飾ってありました。右/先大公レーニエ3世とグレース公妃。交通事故で非業の死を遂げたグレース公妃は今でも世界中のファンに愛され続け、彼女の足跡をたどる「プランセス・グレースの道」もモナコの人気観光コースです。)
(左/アルベール2世大公ご一家のお写真は、郵便局やお店など街の所々に飾ってありました。右/先大公レーニエ3世とグレース公妃。交通事故で非業の死を遂げたグレース公妃は今でも世界中のファンに愛され続け、彼女の足跡をたどる「プランセス・グレースの道」もモナコの人気観光コースです。)
アルベール2世大公のグリマルディ家の歴史は1297年に遡ります。敵に占領されていたモナコ要塞(宮殿の建つ現在のモナコ・ヴィル地区で大きな岩の上にあることから通称「モナコ岩」)へフランシスコ会の修道士に変装して侵入したジェノヴァ貴族、フランソワ・グリマルディが初代当主とされます。その後、フランスやサルデーニャ王国の保護下に入り、1911年に立憲君主制となります。
(左/もともとの要塞があったモナコ岩にグリマルディ家の本拠地となる宮殿が建てられました。塔の上にのぼる旗は大公ご在国の印。右/モナコの国章でもあるグリマルディ家の紋章の切手。盾の両脇に修道士姿で剣を振りかざしている英雄たちがモチーフとなっています。)
(左/もともとの要塞があったモナコ岩にグリマルディ家の本拠地となる宮殿が建てられました。塔の上にのぼる旗は大公ご在国の印。右/モナコの国章でもあるグリマルディ家の紋章の切手。盾の両脇に修道士姿で剣を振りかざしている英雄たちがモチーフとなっています。)

11月19日は君主の日

モナコ公国最大のお祭りは君主の日で、本来はモナコ大公と同じ名前の聖人を記念する日に定められていました。しかしアルベール2世大公は父君に敬意を示し、先大公が即位した聖レーニエを記念する11月19日を引き続き君主の日と定めました。この日、モナコ大公とそのご親族を筆頭に、国中の重要人物たちが大聖堂に集まりミサが捧げられます。その他、各種セレモニーや花火、コンサートなどで数日間にわたり国中がお祭り騒ぎです。

モナコ名物バルバジュアン

さて、このお祭りで必ず登場するのがモナコ名物のバルバジュアンです。ほうれん草やスイスチャードなどの野菜とリコッタやパルメザンチーズ入りのラビオリを揚げたものです。モナコ語でジャンおじさんを意味するバルバジュアンさんが、ラビオリを作ったのはよいが、かけるソースがなかったので、そのまま揚げてみたことがこの料理の誕生ストーリーとして伝えられています。
億万長者の国とも言えるモナコの名物がとても庶民的でシンプルなのが意外でしたが、食べてみると納得。誰もが楽しめる人懐っこい味です。アルベール2世大公のご好物のひとつで、2011年のシャルレーヌ公妃との結婚式ディナーでもフランス料理の巨匠アラン・デュカスのバルバジュアンが前菜として堂々とメニューに登場しています。
(左/現地人気店のバルバジュアン。美味しくてパクパク一気に数個平らげてしまいます。右/アレンジ次第でひとつのバルバジュアンもかなりの存在感が。)
(左/現地人気店のバルバジュアン。美味しくてパクパク一気に数個平らげてしまいます。右/アレンジ次第でひとつのバルバジュアンもかなりの存在感が。)

モナコ・チーズの真相究明

グルメ国のフランスとイタリアと食文化を共有し、世界から集まる大富豪たちが最高級の料理や食材を求めながら豊かな食生活を楽しむモナコ。そんなモナコ住民たちを満足させる美味しいチーズを供給しているチーズ屋さんの正体を知りたいと調べてみました。すると百年以上の歴史を誇るコンダミーヌ市場にあるお店に辿りつきました。
(モナコの台所、コンダミーヌ市場。屋外のプラザにはフランスやイタリアの八百屋さんたちが瑞々しい季節の果物や野菜をスタンドに並べています。)
(モナコの台所、コンダミーヌ市場。屋外のプラザにはフランスやイタリアの八百屋さんたちが瑞々しい季節の果物や野菜をスタンドに並べています。)
ここでも一人のフランス人が活躍されていました。その人はミッシェル・ポマさん。食品輸入業で世界中を駆け回った後、自分の国の優れた製品を扱うチーズと乳製品の専門店「ル・コワン・デュ・フロマジェー(訳して「チーズ職人コーナー」)」を2012年にモナコ国境近くに開店。その後イタリアとの国境近くに2号店、そして2018年にモナコ店をオープンされました。そして今ではモナコ大公御用達を誇るチーズ店となっています。
(コンダミーヌ市場の場内にあるモナコ店で出会えたミッシェル・ポマさん。)
(コンダミーヌ市場の場内にあるモナコ店で出会えたミッシェル・ポマさん。)
モナコからすぐ近くのチーズ大国フランスやイタリアはもちろん、イギリス、オランダなど、ヨーロッパ各地から取り寄せられた最高級のチーズを扱っています。グルメ知識に長け、舌も肥えた常連客を相手に新しい製品を紹介しながら発見する楽しみを与えつつ、常に安心できる高品質の製品を届け続けることができるのも、ポマさんのプロ知識と才能、そして温かいお人柄があってのことです。
公国チーズ事情を誰よりもご存じのポマさんに是非お尋ねしてみたかったのが、モナコ産のチーズが存在するのかという質問です。すると驚いたことに存在するとのことです!ただしそれは、グリマルディ家の領地内にある農場で飼われている牛の乳から作られるフロマージュ・フレで、一般人には手の届かない幻の品です。
アルベール2世大公のお好きなチーズはブリー、ロックフォールなどで、冬にはよくフォンデュをお召し上がりになるとのことで、なかなかオーソドックスな内容です。最後にポマさんが見せてくださったのが、大公ご贔屓のル・コワン・デュ・フロマジェー店オリジナルのトリュフ入りブリーです。
秋が旬のトリュフを惜しげもなく贅沢に使った芳醇な香りただようクリーミーなフィリングをチーズの王さまブリーがはさみます。口に入った途端、思わずうっとりしてしまうその上品で華やかな味わいと繊細かつ絶妙な食感に思わず唸ってしまいました。
このトリュフ入りブリーには、小さな一口の中にも言葉では表しきれない豊かで個性に満ちたモナコの味が詰まっていました。
深作 るみ

京都生まれのフリーライター。夫と子供3人でフランス在住。