ブルー・ド・ボルドー

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「ワインはフランス国民にとって、自国の360種類にわたるチーズや文化と同等の固有財産であると認識されている。」
 
これは前世紀にフランスの偉大な思想家、ロラン・バルトが述べた言葉です。
 
以前にもご紹介した通り、現在フランスには、千以上の種類のチーズがあると言われていますが、チーズとワインがこの国の人々にとって大切なアイデンティティーであることは変わりません。
 
フランスの秋の季語とも言えるワインですが、今回は、チーズのベストパートナーでもあるワインの世界的首都、ボルドーに迫ってみたいと思います。

ワインの聖地ボルドー

フランスの南西、ガロンヌ川沿いに位置するボルドー。大西洋に近いこの街は、パリに比べて気候も温和で、豊かな食文化にも恵まれた世界中のグルメの憧れの地です。このワインの聖地は、パリから高速鉄道TGVでわずか2時間。着いた途端、街中に漂う粋な雰囲気に魅了されます。その広大な歴史地区が「月の港」の名で都市型世界遺産としてユネスコに認定された、類まれな都市です。その雅な名は、市街地を流れるガロンヌ川の形を三日月に例えたことに由来しています。
その歴史は深く、ワインの生産は紀元前から行われていたようです。街のシンボルであるサンタンドレ大聖堂の信仰の起源は古代ローマ時代に遡ります。12世紀には、当時フランス王領よりも広大な公国だったアキテーヌの公女アリエノールがフランス王ルイ7世と結婚し、その後、イギリス王ヘンリー2世と再婚した、フランス史において極めて重大な出来事の舞台です。

ボルドーワインと英国の関係

ここで、とても興味深いのが、ボルドーワインの知名度を国内外で揺るがぬものとしたのが、フランスではなくイギリスだったという点です。実はアリエノールがイギリス王と再婚したことをきっかけに、彼女の元々の領地であった現在のボルドー地方が英国王室の領土となりました。これにより、ボルドーから赤ワインがイギリスへ国内取引に近い形で大量輸出されるようになり、ヨーロッパ中に高級ワインとしての名声が広がったのです。現在0.75リットルが標準であるワインボトル。このサイズは、かつてイギリス人が用いた225リットルの輸送用樽が、正確に300本のボトルに収まるという流通上の計算から生まれたと言われています。

ボルドーとエダムの関係!?

その後、ボルドーワインの流通に更に貢献したのが、交易に長けたオランダ商人達でした。面白いことに、エダム・チーズの皮が赤いのも、元々はワインの樽で運送したため中に入ったチーズの表面が染まったという説もあるそうです。この様に、ボルドーは国際的なワインの都としての地位を確立して行ったのです。

新たな街のシンボル、シテ・デュ・ヴァン

この歴史の重みに比肩する、ボルドーの新たなシンボルとも呼べるのがワイン博物館、シテ・デュ・ヴァンです。外観は、よく熟成された赤ワインの味と香りを最高条件で味わうために欠かせないガラス容器、デキャンタをモチーフとしており、ガロンヌ川沿いの光や色を映すメタリックな曲線美には圧倒されます。
歴史、文化、生産方法から世界各地の情報まで、ワインの神殿とも言える体験型の大施設です。入場チケットにはテイスティングも含まれ、最上階でボルドーの街並みを一望しながら美味なワインを楽しむという、最高に贅沢な体験が待っています。
(左/博物館内の美しい空間。中央/90カ国のワインが扱われている専門ショップ。右/レストランもおすすめです。)
(左/博物館内の美しい空間。中央/90カ国のワインが扱われている専門ショップ。右/レストランもおすすめです。)

ワイン造りの哲学と歴史を体現するシャトー

そして、郊外のブドウ畑に佇むシャトー 巡りこそが、ワイン・ファンには欠かせないボルドーの醍醐味です。通常、「シャトー」という言葉は城や有力者の邸宅を意味しますが、ボルドーワインにおけるこの言葉は、単なる建物ではなく、この地独自のワイン造りに対する哲学と歴史を体現しています。
ワインがシャトーという呼称を冠するには、それがAOPの規定を満たし、敷地内で栽培されたブドウを醸造し、瓶詰めまで一貫して行うことが条件となります。そしてワイン王国フランスの「五大シャトー」は全てボルドー地方に集中しているのです。
(五大シャトーの中でもボルドーの宝石と呼ばれ、格別の伝説的地位を誇るシャトー・マルゴー。)
(五大シャトーの中でもボルドーの宝石と呼ばれ、格別の伝説的地位を誇るシャトー・マルゴー。)
つまり、このシャトー制度こそが、ボルドーのワインをフランスの「固有財産」の中でも至高の地位に押し上げ、世界のワイン界における揺るぎない権威を支えているのです。
(シャトーでのテースティングはまさに至福のグルメ体験です。)
(シャトーでのテースティングはまさに至福のグルメ体験です。)

ブルー・ド・ボルドー

しかし、ボルドーには、同じくワインの名産地であるブルゴーニュ地方のように、その土地を代表するAOPチーズは存在しません。これは、ボルドーがワインというアイデンティティーの頂点に立っている証拠でしょうか?
 
されどグルメの都ボルドー。どのような食品もワイン文化と融合されると、素晴らしいクリエーションが生み出されるのです。今回個人的に大きな発見だったのが、「ブルー・ド・ボルドー(ボルドーの青)」と名付けられたチーズです。ボルドーという固有名詞がワインレッドを意味するのに対する言葉遊びを含んだネーミングも魅力いっぱいです。
ボルドー生粋のチーズ職人ピエール・ロレ氏のオリジナル・チーズです。年に一度、秋に行われるワイン用ブドウの収穫期にしか手に入らない、マールと呼ばれるブドウの搾りかすを使用しています。
 
マールは主にブドウの種と皮から成り、普段はグラッパなどの蒸留酒や、そのポリフェノール成分に目をつけた化粧品などに使われます。このマールをブルーチーズに覆い被せ熟成させた優雅で極めて稀少なグルメ食品が、このブルー・ド・ボルドーなのです。
 
ブルーチーズの特有なスパイシーさと、発酵したブドウの凝縮されたフルーティな風味が絶妙に一つとなり、驚くほど香り豊かで芳醇です。この二つの風味の完璧とも言える調合バランスが真骨頂です。
マールの皮部分は決して甘くなく、引き締まったタンニンの渋みがブルーチーズのピリッとした刺激と調和され、実に見事な美味しさです。また、ブドウの種の小気味良いカリカリとした食感が、滑らかなチーズにアクセントを添えています。
(ピエール・ロレ氏のラ・フロマジュリー・ド・ピエール店)
(ピエール・ロレ氏のラ・フロマジュリー・ド・ピエール店)
(生乳で作られたチーズの素晴らしい品揃えに圧倒されました。)
(生乳で作られたチーズの素晴らしい品揃えに圧倒されました。)

テロワールの神髄

ブルー・ド・ボルドーは、ワインそしてチーズという、オープニングで引用させていただいたバルト先生も太鼓判を押されたフランス国民の二つの固有財産を最高に洗練された形で融合しています。更にこのチーズは、ワインの世界的首都ボルドーのアッパレ精神を具現する新たな創造物に昇華しているのです。
 
グルメ国フランスの人々が大切にするその土地固有の個性を意味するテロワールという言葉があります。ボルドーを訪れ、この国の最高峰である洗練された豊かな食文化だけでなく、歴史、そして未来への飽くなき精神を、五感を通して体験することにより、この言葉の神髄をつくことができたような気がします。
(ラ・フロマジュリー・ド・ピエールで購入した各種チーズと店員さんおすすめの職人さんが作ったパン、そしてボルドー赤ワインのボトルを片手に、すぐ近くの公園へ直行。こんなピクニック・ランチもシンプルでありながら最高に豪華です。)
(ラ・フロマジュリー・ド・ピエールで購入した各種チーズと店員さんおすすめの職人さんが作ったパン、そしてボルドー赤ワインのボトルを片手に、すぐ近くの公園へ直行。こんなピクニック・ランチもシンプルでありながら最高に豪華です。)
深作 るみ

京都生まれのフリーライター。夫と子供3人でフランス在住。