ユーロスターで出かけるロンドンの週末
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ユーロスター鉄道でパリを午後6時に出発し、英仏海峡トンネルを通って、7時半にはロンドンへ到着。実質約2時間半ですが、時差のおかげで時計の上では1時間半の旅路です。2025年から事前に電子渡航認証の取得が必要となりましたが、これはオンラインで簡単に手続き可能。当日は出発駅で出国と英国入国審査がまとめて行われますが、その手続きも極めてスムーズです。郊外の空港まで足をはこぶ必要もないので、パリジャンたちにとってロンドンは、海を隔てているにも関わらず市内から直行で、週末の限られた時間を最大限に謳歌できる絶好の旅先です。

一等車に当たるユーロスター・プレミアでは、イギリスのスターシェフであるジェレミー・チャン監修の食事が提供されます。前菜、メイン、デザートだけでなく、フランス流に欠かせないチーズまでしっかり添えられているのが嬉しいポイントです。パリ発便では、フランスを代表するブリー・ド・モーAOPに英風タッチが加えられ、クランベリーとオーガニックりんごのチャツネが添えてありました。

チャツネは、野菜や果物をスパイスとともに煮込んだジャムのようなソースで、もともとはインドの調味料ですが、イギリスで独自の進化を遂げ、今では英国料理の定番です。ちなみにロンドン発便のチーズは、英国産のオックスフォード・ブルーで、グレープフルーツとバニラのチャツネが添えられていました。普段フランスでは、チーズをサラダや果物、ナッツ、ドライフルーツなどと食べているのですが、この甘くスパイシーなチャツネと食べるのも、なかなかエキゾチックな美味しさで、まさに移動中から食の旅を満喫しているかのようでした。

大英博物館

翌日の土曜日は早速、大英博物館へ足を運びました。古代エジプトのヒエログラフ解読の鍵となったロゼッタ・ストーン、ラムゼス2世の巨像、ギリシャのパルテノン神殿の彫刻群など、メディアでよく取り上げられます。しかし、実物を目の前にすると人類の歴史、古代の人々の叡智、そして美の探究意識を肌で感じることができ、圧巻されるものがありました。

驚きのテラコッタ
私はミュージアム巡りが大好きで、それなりの数もこなしてきたと自負しているのですが、今回、大英博物館では今まで見たこともなかった、チーズの歴史における思いがけない貴重な遺物に出会うことができました。イギリスと言えば、アングロサクソンというイメージが強いですが、実は紀元前55年にあのユリウス・カエサルが遠征し、その後の紀元前43年から約4世紀に渡り、フランスと同様に古代ローマ帝国の属州だった時代があるのです。
同博物館では、ローマ領ブリタニア時代に捧げられたセクションがあるのですが、なんとここにイギリスで発掘された2000年近く前のチーズプレス器が展示されていました。テラコッタ製で底部にいくつも穴が開いており、直径20cmほどの大きさです。サン・ネクテールのサイズを想像すればイメージが湧くと思います。この型の上に重石が置かれ、圧力によってカード(凝乳)の水分を搾り出し、ハードチーズが作られたのでしょう。あまりにも完璧な形で残っていることや、赤土の色が今も鮮やかなことに、どこか愛着すら覚えてしまいます。私が今まで見てきた最古のチーズ道具だと思うと、なんとも言えない感動が込み上げてきました。
同博物館では、ローマ領ブリタニア時代に捧げられたセクションがあるのですが、なんとここにイギリスで発掘された2000年近く前のチーズプレス器が展示されていました。テラコッタ製で底部にいくつも穴が開いており、直径20cmほどの大きさです。サン・ネクテールのサイズを想像すればイメージが湧くと思います。この型の上に重石が置かれ、圧力によってカード(凝乳)の水分を搾り出し、ハードチーズが作られたのでしょう。あまりにも完璧な形で残っていることや、赤土の色が今も鮮やかなことに、どこか愛着すら覚えてしまいます。私が今まで見てきた最古のチーズ道具だと思うと、なんとも言えない感動が込み上げてきました。

チーズは古来より貴重なタンパク源であり、保存性に優れ、長距離の輸送にも耐えうるハードチーズは、ローマ軍の進軍に欠かせない重要な食糧でした。イギリスを占領したローマ軍によって、当時ガリアと呼ばれたフランスを経由し、イタリアからチーズ文化とその製造技術がもたらされたのです。そうした背景を紐解くと、現在イギリスを代表するチーズが、他ならぬハードタイプのチェダーであるという事実にも、抗いがたい歴史の必然を感じずにはいられません。
バッキンガム宮殿の衛兵交代式
最終日の日曜は、午前中にバッキンガム宮殿の衛兵交代式を見に行きました。寒い季節はコートを羽織っているため、象徴的な赤い上着は目にすることができませんでしたが、あの特徴的なベアスキンの黒帽子には圧倒的な貫禄がありました。帽子一つを作るために熊一頭を要するというその事実を思うといっそうの迫力が増すようです。軍楽隊は伝統的な行進曲だけでなく、軽快なブリティッシュポップも奏でてくれ、英国ならでの粋な格好良さを存分に堪能することができました。

王室御用達のチーズ商パクストン&ウィットフィールド

国王の公式な住居であるバッキンガム宮殿から徒歩で約15分のピカデリー・サーカス付近に、王室御用達の老舗チーズ店、パクストン&ウィットフィールドがあります。創業はなんと1797年で、ヨーロッパで最も古いチーズ専門店の一つです。
店内には大英博物館で見たあのプレス器の系譜を継ぐであろうハードチーズたちが、カウンターに堂々と積み上げられていました。
店内には大英博物館で見たあのプレス器の系譜を継ぐであろうハードチーズたちが、カウンターに堂々と積み上げられていました。

(店内に掲げられた英国王室御用達の称号プレート。そこに記された「Queen」の文字は、エリザベス2世の長きにわたる治世を共に歩んできた証であり、この店の揺るぎない誇りを感じさせます。)

英国チーズの王様スティルトン
この店は、フランスのロックフォールと並び、世界三大ブルーチーズの一つに数えられるイギリスのスティルトンの最高級品を扱っていることでも有名です。「英国チーズの王様」とも呼ばれるそれは、王室の食卓には欠かせない逸品だといいます。ホロホロとした食感ですが、口にした途端、重厚なコクが広がり味の余韻も残る、食べ応えのあるチーズでした。

店員さんも非常に親切で、各チーズを丁寧に説明しながら味見までさせてくれました。思い切って「チャールズ国王のお気に入りのチーズは何ですか?」と尋ねてみたのですが、「国王の個人情報は口外してはならない決まりなのです」と、微笑みながらも毅然とした口調。その対応に、かえってこの店の凛とした格式を感じ、深い感銘を受けました。

(笑顔の秘密はチーズ!?店内入り口のチーズマップとともにポーズをとってくれた、とても親切な店員さん。)
ユーロスターでは、フランスからチーズを持ち込むことはできませんが、逆のルートなら大丈夫なのをいいことに、味見して気に入ったものをあれもこれもと買い込み、大満足で帰路につきました。
我が家で英国チーズプレート
今回の週末旅行は大きな刺激となりました。古代ローマ時代のプレス器、そして世界最古級のチーズ専門店と、私が住むフランスとはまた異なる英国チーズの悠久の歴史と伝統の一端に触れることができたからです。
さて、帰宅して買い込んできたチーズを並べ、悦に浸りながら食べようとしたその時、はっと気づいて思わず独り言が漏れました。
「あ、チャツネ買い忘れた…。」
英国のチーズ文化に触れられたのは大きな収穫でしたが、その流儀を自分のものにするには、まだまだ時間がかかりそうです。
さて、帰宅して買い込んできたチーズを並べ、悦に浸りながら食べようとしたその時、はっと気づいて思わず独り言が漏れました。
「あ、チャツネ買い忘れた…。」
英国のチーズ文化に触れられたのは大きな収穫でしたが、その流儀を自分のものにするには、まだまだ時間がかかりそうです。


(上から時計回りで: 伝統的な布巻き製法で作られたチェダーのピッチフォーク、山羊のミルクを使った珍しいセミハードタイプのレイチェル、「ワールド・チーズ・アワード 2023/24」で受賞を果たした羊乳白カビタイプのウィグモア、まさに格別な逸品スティルトン、深みのあるスモーキーな風味のウェストコム・スモーク・チェダー、パックス&ウィットフィールドのために特別に手作りされているウォッシュタイプのコリニウム。)