サントロペのテラスより

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朝の散歩

コート・ダジュールの海辺はヴァカンスの季節の最中で、しずかな町の佇まいを見たければ、朝に限ります。頭上を飛ぶカモメが鋭い声を発し、木々にとまったセミがジージーと鳴く中を、散歩にでかけます。ここはフランス南部、地中海沿岸のサントロペ(Saint-Tropez)です。



白から濃いピンクまで色のグラデーションの美しい夾竹桃が
咲き誇るマンション構内のアプローチ

レジデンス・ド・ヴァカンスと呼ばれるリゾートマンションのアプローチを彩る夾竹桃や紫陽花を眺めながら門をでて、道なりに続くプラタナスの街路樹が影を作る小径をしばらく行くと町の中心の広場に出ます。途中、ルイ・ド・フュネス主演で大人気となりシリーズ化されたフランス映画『Le Gendarme de Saint-Tropez』(邦題 大混戦)の舞台になった Gendamerie Nationale の建物も通り過ぎます。



サントロペと言えば、BBことブリジット・バルドー、
そして、映画 Le Gendarme シリーズ

夕方になるとお年寄りがペタンクに興じる広場まで来たら、左へ折れ、サントロペが小さな漁村だった頃の面影を残す、ミストラルを避けるように作られた狭い道を抜けると港にでます。
大型船が接岸できる新港に対して、古い港、ビュー・ポー(Vieux port)と呼ばれる町なかの小さな港には、豪華なクルーザーが肩を並べます。夜には華やかな船上パーティで港を散歩する観光客を括目させた最新のクルーザーは、今は静かに日の光と水面の反射光に煌めき、スキッパーがデッキを掃除したり、買い出しに出かけるところです。



ビュー・ポーの眺め

セネキエ

ビュー・ポーに面してカフェや土産物屋、キオスクにならんで、セネキエ(Senequier)があります。セネキエは港に面した入口がカフェ、反対側の街側がケーキ、菓子店になっています。


セネキエ

赤ちゃんのほっぺのようにフワフワで、オレンジの花の香りがするブリオーシュ・オ・シュークル(Brioche au sucre)、たっぷりクリームの挟まったタルト・トロペジエンヌ(Tarte Tropeziennne)、アーモンド生地に松の実がいっぱいついたクロワッサン・オ・ピニョン・ド・パン(Croissant aux pignons de pin)、そしてメゾンのスペシャリテのヌガー(Nougat)など甘いもの好きにはうっかり通り過ぎられない名店です。


ブリオーシュ・オ・シュークル

 


クロワッサン・オ・ピニョン・ド・パン

マルシェ

町の広場では週に二回、火曜日と土曜日の朝にマルシェが開かれます。夏のサントロペのマルシェはパリの数あるマルシェと比べても店の数も買い物客の数も非常に多く、地元産の野菜や果物中心の八百屋、チーズ店、焼き立てのロティが湯気を上げる肉屋、ピザ屋、オリーブのおつまみの店からかごバッグの店、水着を売る店、マルセイユ石鹸の店、アンティークを売る店とさまざまです。


マルシェの八百屋

旬のトマトやズッキーニやなすなどの夏野菜や地元産のメロンや桃を買い、フレッシュなヤギのチーズも買って帰ります。


買い物用にもちろん、ビーチバッグとしても使う人の多いかごバッグ

南仏のシェーブル

太陽をたっぷり浴びてビーチでひと泳ぎして帰ってきた後の昼食は新鮮なトマトのサラダとパン、七面鳥のロティの薄切りを一切れほどの軽めの食事がいい感じです。チーズは夏が旬のシェーブルです。
実は毎年サントロペに来るたび楽しみに食べていたガレット・ド・シェーブルというおせんべい形のシェーブルがマルシェのチーズ屋で見つからないので、店主に尋ねました。ちなみにガレットはサントロペのマルシェでもそのチーズ屋でしか見たことがありません。店主が言うには、実はそのガレットが一番の人気商品なのだそうです。ガレット・ド・シェーブルはある牧場だけで作っているチーズだそうで、去年の秋の大雨で低地の牧草地が被害を受け、山羊に高地の栄養の乏しい草しか食べさせられなかったこと、そして、今夏の猛暑で子供を産まなかったり、乳量が少ないメス山羊が多かったため現在ガレットが作れないそうです。ガレットが店頭に並ぶのは秋以降になるとのことでした。



Petit Palet Pur chevre fermier au lait cru 「プティ・パレ」

そこで、チーズ屋の店主に別のおすすめシェーブルを尋ねました。
一枚目の写真はローズマリーの葉がのったフレッシュなシェーブル「プティ・パレ」、農場産で生乳製です。フレッシュですが、鮮やかでくっきりしたうま味とかすかな酸味のシェーブルです。二枚目のシェーブルも農場産で生乳製、上品な風味でナイフがスッと入る柔らかさ。名前の確認用にウィンドウの写真を撮ったのですが、シャッターを押すときに現れたお客さんの腕で名前が隠れてしまいました。そういえば、カリフォルニアに暮らしていた頃も、フランスからチーズを直輸入しているスーパーでたまに買い物をしていましたが、おいしいシェーブルには当たったことがありません。もしかするとシェーブルは、特に小規模酪農家製のものは地産地消が適している、長距離輸送には向かないチーズなのかもしれません。



ア・ターブル

 


屋上テラスでアペリティフ

ヴァカンス中は友人を食事に招いたり、招かれたりの機会もぐっと増えます。親しい友人や親戚のところへ行くなら、あらかじめ「何を持って行ったらいい」と尋ねて、ワインやシャンパン、アントレ(前菜)やデザートのどれかを持ち寄っています。このヴァカンス中も何度か家族や友人を食事に招きました。うちで大勢集まるときのメインの料理は魚よりお肉が楽です。例えば今夜の12人のディナーはこんな内容でした。



長粒米を炊いたごはんをサラダボウルに入れてひっくり返し、アーモンドとカシューナッツとレーズンの炒め煮、赤パプリカのグリルで飾りました。

アペリティフ
コート・ド・プロヴァンス・ロゼ
カンポ(CAMPAUX)
ミニトマトのサラダ
一口大に切ったメロン

メイン
カレー風味の子羊の肩肉のオーブン焼
なすのラタトゥイユ風、生姜風味をつけたマンゴ、トマト添え
ナッツとレーズンライス、赤パプリカのグリル添え

デザート
セネキエのデュミ・ガトー(ハーフサイズケーキ)各種
桃のサラダ

昼のうちに、肉をマリネしたり、野菜や果物の下ごしらえと調理をしておき、ゲストが来る少し前に肉をオーブンへ入れました。8時過ぎから始まるアペリティフはゲストとゆっくりとおしゃべりを楽しみます。
いったん階下の台所へ行って、肉の焼き具合を見て焼けたら、切り分けて大皿に入れ、オーブンの鉄板に残った肉汁をかけテラスへ運びました。昨日は子羊の肩肉が3つもあったので(ジゴという部位の名前のもも肉にすれば2つで済んだのですが、後からゲストが増えたという事情)、オーブンのある2階の台所から食事をするテラスに運んだりという力仕事はゲストの若い男性にお願いしました。配膳や食事後の後片付けで、できるところは周りに協力をお願いすることにしています。フランス人はうちへ招き、招かれることに慣れているからでしょうか、積極的に手伝いを申し出てくれるのがありがたいと思います。



セネキエのデュミ・ガトー

<レシピ>
紹介するのも気が引けるほど簡単な「子羊の肩肉のオーブン焼き カレー風味」

1. あらかじめ肉にインドカレーペーストを塗っておき、焼き始めるしばらく前に冷蔵庫から取り出す。
2. オーブンを220度に予熱。オリーブ油を少し振って220度で30分、180度に下げて約一時間焼く。焼き時間は肉の重量で加減する。
3. 温めておいた大皿に盛り付け、テーブルへ。

多種のスパイスが入ったカレーペーストだけで味が決まります。ペーストと肉汁が焦げやすいので途中、オーブンの温度を変えるときに少し水を加えれば、それがそのままソースにもなります。ジゴ・ダニョーと呼ぶ子羊のもも肉でも同様にできます。

ヨーロッパと比べると長期の有給休暇が取得しにくい日本では、なかなか長期のヴァカンスという生活習慣が広まりにくいという事情がありますが、一週間の海外旅行に飛行機を使い、長い移動時間をかけてゆき、ホテルに滞在し、外食することを考えれば、一週間、国内の気候のよい、自然の美しいところで寝室一つほどの小さなリゾートマンションを借り、ほぼ自炊という過ごし方も選択肢として考えてもいいのではと思います。異文化を体験する旅もそれはそれで素敵なものですが、生活の延長を住まいとは別の場所でしながら、自然を楽しむ休暇もよいものです。

地中海沿岸の光と空気、色鮮やかな食材、フランスの夏のヴァカンスのゆったりしたリズムを感じていただけましたでしょうか。

五条ミショノウさやか

2004年からパリに在住。 家族は夫と娘が二人。 業界誌や講演録などの英日翻訳をしています。