春を感じるフロマージュ

: UPDATE /

建物のベージュグレーと空のグレーに覆われる冬の終わりはいつもより早く訪れました。
窓から見える新緑とわた雲の浮かぶ薄い青空のコントラストが、パリジャンを外へ誘います。レンギョウの黄色や、八重桜の濃いピンクや、藤の薄紫が新緑のパレットを鮮やかに彩るこの季節は、パリでも一年のうち一番花の多い季節です。

何の花?

枝付きで花屋に売っているのを見かけたり、公園に植えられているのを見たことがありました。先日、義理の両親の家に行きましたところ、玄関ホールにこの花と椿が活けてありました。そのなんとなく東洋風の生け花を眺めていましたら「日本のハナリンゴ」の意味、ポミエ・デュ・ジャポン Pommier du Japon と言うのだと姑が教えてくれました。
和名を調べるとカイドウズミというようです。(カイドウズミ学名:Malus floribunda 英名:Japanese Flowering Crabapple)カイドウズミは園芸品種としてとてもヨーロッパで人気があるようですが、私が見たのは、ボケの花と似ているのです。

カイドウズミ

それで気になってネットで調べましたら、Pommier du Japon カイドウズミと姑が思ったものはどうやらボケのようです。カイドウズミも木瓜もそれぞれ日本、中国原産の植物ですが、ヨーロッパに紹介された時点で、どちらも日本のハナリンゴ pommier と間違って伝えられたのかもしれません。「ポミエ・デュ・ジャポン」を検索するとカイドウズミとクサボケの二つがトップに並んで表示されます。
日本原産の植物がフランスで園芸品種として人気があるというのは、つまりフランス在住の日本人としてはあちこちで見られるのでうれしいことです。日本人が愛する植物では他にも、梅や桃の木、もみじなどが郊外の大型園芸店で簡単に手に入ります。ちなみにカイドウズミの方は現在日本では同じものが見当たらないのだそうです。不思議ですね。カイドウズミは江戸時代末期に長崎出島のオランダ商館医のシーボルトがヨーロッパへ持ち帰ったという言い伝えがあり、またアメリカ人医師ジョージ R・ホール George R. Hall によりアメリカに持ち帰られた記録が残っているそうです。


オートゥイユ温室庭園の桜 Jardin des Serres d’Auteuil

春を感じるチーズ

牧草地が若草で覆われ、花の咲く春は、フレッシュなものや、熟成が短期間のものを楽しみたくなります。例えば、春から初夏にかけてはフロマジュリーにたくさんのシェーブルが並び、迷いつつ選ぶのが楽しいです。時々買っているシェーブルはリング型がユニークでフワフワとして軟らかいルウエル Rouelle(写真手前右手、昨年の秋に当コラムで紹介)や、味と食感が好みの四ツ葉形の Le Trèfle でしょうか。南仏のバカンス先では、プロヴァンス産のフレッシュ・シェーブルもよく食べています。


ルウエル(写真手前右手)

近所の名フロマジュリー La Fromagerie d’Auteuil

今回は地元パリ、オートゥイユのフロマジュリー、ミシェル・フシュロー*1 Michel Fouchereau で店員さんに相談しながら春に食べたいチーズを選びました。フシュロー氏はチーズ熟成士としてフランス国家最高職人(MOF)の称号を持つ方です。私が店に入った時、Fouchereau 氏はちょうど出かけられるところでした。店の方に「マロワル(ウォッシュタイプのオレンジ色のチーズ)は触らないで。そのままにしておいて」と言付けながら出て行かれました。短絡的ですが直感的にそれを聞いて、ここのチーズは大丈夫、きっとおいしいだろうと感じました。人を何人も雇うようになった今でも彼自身が日々カーヴ(熟成室)にあるチーズの表と裏を返したり、ブラシや布で手入れしている様子が浮かんだのです。ここまで行くと想像というより妄想?チーズ熟成士という仕事はそれ自体大変興味深いものなのでいつかこのコラムで詳しく取り上げたいと思いますし、その際は熟成士にインタビューもお願いしたいと願っています。

*1 フロマジュリー・ド・オートゥイユ
58 Rue Auteuil, 75016 Paris, France
Tel: 01 45 25 07 10
フランス語HP http://www.lafromageriedauteuil.fr/


フロマジュリー・ド・オートゥイユ

春はシェーブルやカマンベールの気分?

左上より時計回りに

コンテ Comté Doux
カマンベール・ド・ノルマンディ Camanbert de Normandie
ボルディエ・バター Le Beurre Bordier
ボンド・ド・ガティン Bonde de Gâtine

左上の *2 コンテは言わずと知れた大型のAOPハードチーズですが、我が家では子どものリクエストで一番購入回数が多いチーズです。写真のものは熟成期間が短めのコンテ・ドゥー Doux と言われるものです。個人的には風味をより強く感じるフリュイテ Fruité か、さらに熟成が進んでヴュー Vieux と呼ばれるものでアミノ酸の結晶がジャリと感じられるくらいのものがおいしいと感じています。ちなみに値段は熟成が進んだものの方が高くなります。

*2 コンテ日本語 HP http://www.comte.jp/

カマンベール・ド・ノルマンディ

チーズを盛り合わせた写真の右奥、および下の写真の木箱は、フランスチーズの代名詞のように有名なカマンベールのなかでも、製造方法やエリアを厳密に定めて認定を得たカマンベール・ド・ノルマンディです。黄色と赤の *3 AOPマークが見えますか。大きい文字でアペラシオン・ドリジーヌ・プロテジェ APPELLATION D’ORIGINE PROTÉGÉE と印刷されています。無殺菌乳を使って作られていることや、ルーシュ louche =おたまで掬って作っていることを赤い文字でアピールするパッケージです。先ほどのMOF熟成士ミシェル・フシュロー熟成と銘打ってありますから、相当な自信があるのでしょうか。

さて、このカマンベールは「う~ん、おいし~い」と傍らのちび達がうなって食べておりました。250gのカマンベールは家族だけではおいしいうちに食べきれないことがあるのですが、これに限ってはその心配もなさそうです。別の機会に熟成士の友人に教えてもらった食べ方ですが、りんごのスライスに挟んで食べるとまた目先が変わって楽しいです。海からの湿った潮風が吹くノルマンディは質のいい牧草が育ち、昔から牧畜が盛んで、チーズ、クリームやバターがおいしい土地です。カマンベール・ド・ノルマンディは最短21日の熟成期間(*5 チーズガイド参照)をおいて出荷されますが、この冬フランスは暖冬で春先も高気温が続いたことを考えると、今売られているものは放牧された牛が牧草を食べて出すお乳から作られているかもしれません。

*3 AOP(アペラシオン・ドリジーヌ・プロテジェ appelation d’origine protégée 原産地名称保護)EU共通の制度として2008年に策定された。それまでのアペラシオン・ドリジーヌ・コントロレ AOC はAOPに統合されました。


カマンベール・ド・ノルマンディ

ボンド・ド・ガティン

シェーブルが好きだと以前にも書きました。牛のチーズほどではないかも知れませんがシェーブルも種類が多く、この先一生かかっても単なる一消費者に過ぎない私がすべて試すことはないでしょう。さて、今回の *4 ボンド・ド・ガティン Bonde de Gâtine(チーズのプラトー写真左下)は、店員さんに相談して迷った上で初めて買いました。口に入れた時の第一印象は乾いた外皮と締まった中身です。シリンダー型のシェーブルのシャロレ Charolais を口にした時の感じと似ています。味はバランスがよく、きめが細かで、噛むと口の中でとろけるようでした。文句なしです。

ボンド・ド・ガティンはフランスの西部ポワトウ=シャラント地方圏ドゥー=セーヴル Deux-Sèvres 県が生産地です。手元のチーズ辞典 “Guide du fromage”*5 によれば、1970年代に入って作られ始めた歴史の新しいチーズです。このチーズを創造したルイ=マリー・バロー氏 Louis-Marie Barreau によれば、粘土質の土地で一年中青草が茂るドゥー=セーヴルはノルマンディに似て、野原、林、果樹園等が点在する田園地帯で、起伏もあり、ガティンの名が指し示す通り恵まれた(gâtée)土地なのだそうです。フランス各地で作られているシェーブルですが、放牧されている山羊のお乳でできたものなのか、そこはどんな土地で、どんな植物が生えているのかをコラムを書くために調べるのを楽しんでいます。私にとっては土地と動物と人間のはたらきをじかに感じる豊かな時間となっています。

*4 ボンド・ド・ガティンHP フランス語
http://www.labondedegatine.fr/

*5 チーズ情報は以下を参考にしています。
“Guide du fromage” Roland Barthélemy、Arnaud Sperat_Czar著 HACHETTE Pratique

さて、次回初夏のコラムではバターの食べ比べについて書きたいと考えています。去る1月に東京からパリに遊びにきた友人が、機内でCAさんから勧められたパスカル・ベイユヴェール Pascal Beillevaire というフロマジュリーにチーズを買いに行ったと報告してくれました。私は名前すら知らなかったのですが、ここのバターが絶品だと、パリで料理教室をしている友人のHPにあったものですからこのお店に私も俄然興味がわいてきました。また上記のチーズの盛り合わせの写真の右手前はボルディエの有塩バター Le Beurre Bordier demi-sel です。これらのバターは限られた店でしか扱っておらず値段も普通の倍くらいします。ですから普段に使っている人は少数だと思います。そこでスーパーで売っているバターのなかでも私や周りの友人が勝手に素人を代表しておいしいと思うものも選んで合わせてご紹介したいと思っています。また、おつきあいをよろしくお願いいたします。

五条ミショノウさやか

2004年からパリに在住。 家族は夫と娘が二人。 業界誌や講演録などの英日翻訳をしています。