南仏のヴァカンスで楽しむチーズ

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夏祭り

6月末から4週間日本に一時帰国した。帰国後しばらくすると大阪市内の平野区出身の母が祭りの日程を確認している。「平野の祭りを見ないと夏が来た気がせえへん」らしい。それで一緒に杭全(くまた)神社の平野郷夏祭りを見に行った。平安時代の初期に征夷大将軍だった坂上田村麿(さかのうえのたむらまろ)の子、広野麿(ひろのまろ)が荘園として賜ったのが平野の一帯。杭全神社はその子(または甥)の当道(まさみち)が862年京都祇園八坂神社より素戔嗚尊(すさのをのみこと)を勧請して祇園社を創建したのが始まりという古い歴史のあるお社だ。

300年以上続く夏祭りは毎年7月11日から14日に行われる。盛り上がりが頂点に達するのは平野区内の各町合わせて9台のだんじりが順番に宮入りする13日の夜だ。平野郷と呼ばれ町家が続く路地を電信柱や塀ギリギリのところをだんじりがすりぬける。前に進んでいたと思ったら「戻せー、戻せー」と後ろに戻す。一旦だんじりが宮入りすれば、もう出られないのでじらす。こちらは見る楽しみが長続きしてうれしい。スピードを上げたと思ったら車輪を前の梃子にかませて急停止するのも平野のだんじりの特徴だという。このようなテクニックを披露するのに練習と試乗を重ねて準備を重ねてきたのだろう。車輪の一つを軸にしてぐるぐる回す時は「舞え、舞え」とかけ声が上がる。だんじりの迫力とそれを曳く男の人たちの汗とかけ声。祭りは文字で書いても伝わらないのがもどかしい。

平野の夏祭りにはだんじりと神輿(みこし)とふとん太鼓が登場する。かついで運ばれるふとん太鼓は冗談みたいなデザインだ。「敲き児」(たたきこ)と呼ばれる少年が数人乗る太鼓台の上には、巨大な赤い座ぶとん状のものが積み重なっている。見慣れるとなんとなく愛着がわく。なんでもふとん太鼓は大阪河内(かわち)と泉州、兵庫県の播磨(はりま)や淡路島の周辺の祭りでしか見られないらしい。母の実家のあった町内にふとん太鼓の当番が回ってきた年、弟が敲き児(たたきこ)を務めた事があった。5月くらいから母が仕事を早めに切り上げて、弟を太鼓の練習に連れて行った。弟は7歳くらいだったと思う。普段はやんちゃな弟が、赤い頭巾をかぶって真っ白に白粉を塗り、紅をさした姿は美しくかわいらしかった。今でもふとん太鼓の鉦(かね)と太鼓の音が耳に残っている。

町家の脇をすり抜ける平野のふとん太鼓 町家の脇をすり抜ける平野のふとん太鼓

親友

付き合いの長い親友がいる。初めて会ったのは12歳で中学一年生の時だ。彼女は絵とピアノが上手で勤勉。ピアノを始めいくつかの習い事を途中で投げ出してきた私にとっては尊敬の的だった。教室で毎日顔を合わせるうちに、なんとなく距離が縮まって話をするようになったのか。彼女は誰とでも調子を合わせるタイプではなかったし、私も幼い頃からの内弁慶なところがまだ残っていたからきっとそんなところだろう。私達は二人とも本を読むのが好きだった。

14歳の時に私が引っ越しと転校をしてからは文通を続けた。彼女の心を乗せて走らせたような筆跡がなつかしい。手紙の文末や封筒の裏には、いつも彼女が書いた黒い大きな犬のイラストが添えられていた。今も毛がフサフサした大きな雑種犬を見ると彼女の飼い犬のバクみたいと思う。

一時帰国の間に彼女と会った。顔を合わせてから別れる時までおしゃべりが続く。悲しいニュースを報告する私に相槌をうちながら返してくれる言葉が思慮深くてあたたかい。ありがたかった。パリにも遊びにきてねと言って別れたが、それはいつ頃になるだろうか。

あじさいは日本原産らしい。田舎の家の庭で あじさいは日本原産らしい。田舎の家の庭で

イルドフランスの田舎の夏

日本からパリに戻ってすぐの週末はパリから80キロ東にある田舎の家に娘たちを連れて行った。日本とフランスとは面積も人口も違うから一概に比べられないけれど、40分ほど高速を走って下道に降りると、もう地平線の見える田舎道だ。パリとパリを囲む近郊一帯はイルドフランス(Ile de France)と呼ばれ、穀倉地帯として知られる。田舎の家の周りにも小麦畑とトウモロコシ畑が広がる。7月は小麦の刈り取りが終わった畑に麦藁(むぎわら)を巻いたロールが転がっている。これは牛の飼料になるそうだ。実った穂は我々のパンになり、麦わらは牛の飼料になって無駄がない。刈り取りを終えた麦畑に牛糞の堆肥が小山に積まれたのを見かけた。農業と酪農、畜産がサイクルになっている。

藁ロール 藁ロール

 

春生まれの子牛 家の前の放牧場にて 春生まれの子牛 家の前の放牧場にて

南仏のヴァカンスで楽しむチーズ

フランス国内旅行をあまりしないからだろう、フランスチーズの観察がどうしてもパリと夏を過ごすサントロペに片寄ってしまう。短所は長所と開き直ってパリとサントロペでの定点観察で発見、再発見したチーズを紹介したい。

去年の夏にサントロペのフロマジュリー*1に登場してからお気に入りのおつまみシェーブル。指先ほどの大きさのシェーブルにエディブルフラワーを浮かべたプロヴァンスの蜂蜜につけていただく。一口サイズのシェーブルは癖がなく、セックと呼ばれる熟成加減で水分がよい加減に抜けている。蜂蜜をからめてたべると、締まったシェーブルの食感にアカシアの蜂蜜の蜜の甘み、矢車菊などの乾燥花びらから立ちのぼる香りの三重奏にノックアウトされる。

陶器に並んだシェーブルと乾燥花びら、ドライハーブを浮かべた蜂蜜 陶器に並んだシェーブルと乾燥花びら、ドライハーブを浮かべた蜂蜜

下の写真は花形のフレッシュなシェーブル。ペタル(Petale:花びら)というかわいい名前がついている。上記のおつまみシェーブルもこちらもサントロペの旧港近くのプラス・オ・ゼルブにあるフロマジュリー・デュ・マルシェ*1のもの。昨年の夏のコラムで紹介したガレットという名前のシェーブル*2はセックで水分が抜けてその分風味がはっきりしているが、こちらはフレッシュで風味も食感も柔らかい。春から夏がシェーブルの旬で生乳のものがたくさん出回っている。特に南仏のからりとした暑い日の夕暮れには、この地方のロゼとあっさりしたシェーブルは合う。

*1 Fromagerie du Marche
 7, Place aux Herbes Saint. Tropez tel. 0494970981

*2 パリの窓辺から 「ヴァカンスばんざい!」

ペタル(花びら)という名前がついたシェーブル ペタル(花びら)という名前がついたシェーブル

好きなチーズは?

月に一度グループで和食を教わっている。料理を教えてくださるのはパリ16区の寿司屋の職人さんだ。元々は日本で和食の料理人だった方だ。定休日の店の厨房で教わっている。パリにいるとなかなかいただく機会のない日本料理をいただけるので、教室というよりは大将が目の前で作る料理を食べに行っている。家庭料理というよりは料亭風の和食なので、下ごしらえが丁寧で手間がかかるものも多い。それほど料理の腕がなくてもできそうなものやパリでは自分で作らなければ食べられない料理は家で作ろうと思う。作り方の説明を聞いてこれはやらないだろうという料理もある。メンバーの名誉のために言い添えるが、毎回家のキッチンで再現する料理上手もいる。その料理教室のメンバーは和食、フレンチに限らず皆さん食べることが好きな女性ばかりだ。それでどんなチーズが好きか聞いてみた。チーズが登場するコラムを書いているので参考にさせて欲しいと断って質問した。

左下から時計回りにグリュイエール、クロタン・ド・シャヴィニョール、カマンベール、エポワス 左下から時計回りにグリュイエール、クロタン・ド・シャヴィニョール、カマンベール、エポワス

グリュイエール・スイス(Gruyère AOP)がおいしくて好きだという方が数人いた。よくエメンタールと比較されるが、長めの熟成期間のものや、アルパージュ*3(初夏から夏に高地で放牧され青草と高山植物の花やハーブを食べた乳牛のミルクでチーズを作ること)と記されたグリュエールは別物のおいしさだと私も思う。
メンバーの一人はクロタン・ド・シャヴィニョールをシャヴィニョール村で試食した時のエピソードを話してくれた。田舎パンにクロタンとエシャロットをスライスしたものをのせ、塩をかけたものを勧められたそうだ。これが意外なおいしさだったという。エシャロットというのは、細長くした小型の紫玉ねぎといった外見で香りがたつ。

それからエポワス(Époisses)が好きだという方もいて、同じくウォッシュタイプのソフトチーズのマロワルやポン・レヴェックも話にでた。このタイプのチーズはフランスの北部から中部で作られていて、もとをたどれば修道僧が製法を農民に伝えたものが多いようだ。ベルギーの上級貴族リーニュ公爵シャルル・ジョゼフの言葉「会議は踊る、されど進まず」《Le congrès danse beaucoup, mais il ne marche pas.》が伝える通り、舞踏会、音楽会、晩餐会三昧だったウィーン会議では肝心の外交交渉はなかなか進まなかったのに、チーズコンテストでは満場一致でブリー・ド・モーが1位に選ばれ、2位がこのエポワスだったという。

このように評価の高いエポワスだが、私自身はウォッシュタイプの柔らかいチーズを評価できない。初めて食べた時の印象ですっかり食わず嫌いになっていた。15、6年前に夫の両親のアパルトマンで夕食をいただいた。私と日本から来た女友達2人は食事のしめくくりにチーズを出された。私はアルコールが飲めないが、女友達はいける口だ。ワインとチーズを交互に楽しんでいた。両隣に座る友人たちがエポワスを一口食べては「臭いはきついけどおいしい!うまーい!」と目を輝かせて驚嘆している。私は二人の臭いの口撃!を受け居間に逃れた。その時のイメージが尾を引いている。

レーズンでくるんだデザートのようなフレッシュチーズ→トリプルクリーム→牛乳白カビチーズ→シェーブル→羊乳ブルビ→ブルーチーズときてウォッシュが最後の砦である。長年味わいも塩もきつすぎて敬遠していたロックフォールでさえ、同じブルー系だが穏やかなフルム・ダンベールが好きになった段階を踏んでからはおいしく食べられるようになったのに、ウォッシュチーズのエポワスやマロワルやポンレヴェックのおいしさがまだよく分からない。しかし今回買って食べて分かった。オレンジがかった表皮に包まれたクリーム色の中身はうっとりするおいしさだ。舌ざわりがなめらかでミルクの甘みもある。飲み込む瞬間だけ「ちょっとまだ苦手な」臭いを鼻が感知してしまう。しかしこれくらいなら好きになれそうな気がする。

たわわに実ったミラベル たわわに実ったミラベル

ヴァカンス中の読書にと日本で買ってきた本のなかに岩波文庫版のブリア・サヴァラン「美味礼讃」(原題:味覚の生理学)がある。18世紀から19世紀にかけて生きたこの法律家、政治家は、美食についての著書でその名を歴史に残した。序文に20のアフォリズム(格言)があり、14番はチーズに関してこんなことをうたっている。今回のコラムはブリア・サヴァランのアフォリズムの引用で締めくくりたい。

「チーズのない食事は片目の美女だ」
«Un repas sans fromage, c’est comme une belle à qui il manque un œil.»

イタリア土産にもらったトリュフ入りのペコリーノ(イタリアのハードチーズ)をおつまみにつまんだ昨夜、このアフォリズムを得意気に披露したら夫に「セクシスト(性差別主義者)だね」と眉をひそめられた。19世紀の美食研究家の格言だと前置きしたのに!

*3 「チョコレートと復活祭」の文末を参照。

五条ミショノウさやか

2004年からパリに在住。 家族は夫と娘が二人。 業界誌や講演録などの英日翻訳をしています。