ロートレック三昧で楽しむ冬の到来

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ロートレック三昧で楽しむ冬の到来

大切にしている母の形見に「ロートレックの料理法」という本があります。毎年、冬の到来を感じるこの季節、この本を手に取ると、昔、母と一緒にこしらえた温かいビーフ・ポトフを作りたくなります。

一般的にロートレックの名で知られるアンリ・ド・トゥルーズ=ロートレック。彼が手掛けたベル・エポックを象徴する鮮やかなキャバレー・ポスターは、あまりにも有名ですが、彼の料理の腕前もすこぶるものでした。

ロートレックの料理法

この料理本は、ロートレックの親友で最大の理解者でもあったモーリス・ジョワイヤンと二人で作った数々の料理法をまとめたものです。ジョワイヤンは子供時代の同級生の画商で、ロートレックの死後、美術館を創設し、貴重な伝記も残しています。オリジナル版が出版されたのはロートレックが37歳の若さでこの世を去ってから30年近くたった1930年のことでした。。
ロートレック三昧で楽しむ冬の到来(「ロートレックの料理法」のカバー。私の手元にあるのは1989年の美術口論社翻訳・出版エディションです。昔の料理本を再現したものなので材料の正確な分量などは書かれていませんが、近年では、料理写真付きの現代版も出版されています。)


1864年に南仏タルヌ県アルビ市に生まれたロートレックはフランス屈指の貴族の名家出身です。彼は貴族の美食伝統を受け継いだだけでなく、自らも料理をこよなく愛し様々な料理法を作り出しました。その成果が料理本という形で、デッサンから油彩を含む300点に及ぶ彼の作品とともに紹介され、アートと美食学がひとつとなった最高の一冊です。

本書に含まれるレシピはフランスの定番料理やロートレックご自慢オリジナル料理などメインからデザート、リキュールまで多彩な内容です。

ロートレックのラクレット

チーズ料理では、ラクレットがあります。「数日間高山に登っていて、疲労困憊して帰って来てパンや肉のような固形物が全くのどを通らず、ただ飲み物だけをほしがっている、カモシカ狩りのハンターや登山家におすすめ」の一品だそうです。

「トム・チーズ(丸いチーズ)――アルプスの高地で作られるチーズ――を1/2~1/4個分用意する。これを、長い柄の付いた鉄のフォークに刺し、樅(もみ)の木の澄んだ火で、切った面を焙る。チーズがとけはじめたら、木製ナイフで5~8cmの大きさに丸く削り取って、炭火の上に置いた皿の上にのせる。塩コショウを少々する。」

シンプルなレシピですが「樅の木の澄んだ火」など、料理人ロートレックのこだわりに納得。美味しそうなビジュアルと香りまで伝わってきそうです。出来上がったら灰の中で焼いたジャガイモと火打石の味がするフォンダン・ワインと一緒にたらふく食べなさい、と続きを読んだだけでよだれが出そうです。
当時貴族のスポーツであった狩りに明け暮れたハンターが、幸せそうにラクレットを頬張っている姿まで想像してしまいます。ロートレックの最高級の教養と表現力は絵画だけでなくウィットの富んだ文章からも伝わってきます。

本の中には「チーズあれこれ」という章もあり、フランスを含む9カ国約130種のチーズがリストアップされ、超一流美食家ロートレックの偉大な知識量には脱帽するばかりです。

トゥルーズ=ロートレック–毅然とモダン展

この秋から、グラン・パレで開催されている「TOULOUSE-LAUTREC –Résolument moderne (トゥルーズ=ロートレック–毅然とモダン)」展に家族で足を運びました。
展覧会の会場(展覧会の会場、グラン・パレは1900年のパリ万博の際に建設されたもので、ロートレックが生きた19世紀末に始まるパリの繁栄時代ベル・エポックを代表する建築物です。)
従来のロートレック展は彼の華やかなキャバレー作品に焦点を置きすぎたため、今回の展覧会は広範囲にわたるビジョンと才能で常に時代の先端を行っていた彼の偉大さを見せるという新しい視点で構成されています。
変装写真(展示室に入ってすぐ、壁一面に広がるロートレックの写真があり、彼が当時最新技術であった写真をいち早く取り入れ自分の世界を創っていたことが分かります。彼が日本美術愛好家だったことは知っていましたが、お内裏様(?)の変装写真にはびっくりしました!)
ロートレックはよく友人たちを招いて手料理をご馳走しましたが、彼の交友関係は踊り子から貴族まで、幅広いものでした。骨折が原因で子供時代に脚の成長が止まってしまった彼は、自分自身も身体的なハンディキャップを負っていたため、差別や偏見に苦しむ人々の痛みを理解することができたのでしょう。彼の絵は、娼婦などを主題としても、決して珍しいモノやエロティズムの対象ではなく、彼女たちの等身大ヒューマン・ストーリーを温かいまなざしで捉えています。それぞれの作品の中に「毅然とモダン」なロートレックの人間性を強く感じとれる素晴らしい展覧会でした。

Henri de Toulouse-Lautrec
Au Moulin Rouge
1892-1895
huile sur toile
123 x 141 m
Chicago, The Art Institute of Chicago
Ⓒ Art Institute of Chicago, Dist. RMN-Grand Palais / image The Art Institute of Chicago

(展示作品のひとつで名門キャバレー、ムーラン・ルージュでの一時を捉えた油絵。絵の中心の左向きの横顔がロートレック本人。背景には踊り子たちも。彼が仲良くしていたムーラン・ルージュの踊り子の一人にモーム・フロマージュ、チーズ娘という意味の芸名を持った人物もいました。フロマージュは若い年齢を指していたそうです。)
ムーラン・ルージュ(ロートレックを夢中にしたムーラン・ルージュは今日では世界的な観光地です。今年の秋で130周年を迎えました。)

ルエル・ド・タルヌ

ロートレックの故郷タルヌ県に、1984年に作られて以来、様々な受賞歴を誇るチーズがあります。ルエル・ド・タルヌ(訳してタルヌの車輪)で、その名通り円形で真ん中に穴の開いたビジュアル的に珍しいシェーブルです。
ルエル・ド・タルヌ


品名 ルエル・ド・タルヌ
種類 シェーブル
産地 オクシタニー地域圏タルヌ県
原料乳 山羊の無殺菌乳
直径 10㎝


グレーの表面はまぶされた木炭粉で覆われ、酸味を抑えつつ、味に深みを出し、保存にも効果的です。口に入れると驚くほどクリーミーで、ほのかなヘーゼルナッツの香りがしてとても美味です。

料理本の序文に、「(ロートレックは)南仏の人らしく素朴で誠実な料理を愛好するだけに、レストランや高級ホテルのどうかと思われるような、これ見よがしの料理を大変軽蔑していた。」と、彼の友人であった文筆家ポール・ルクレルクが伝え残していると書いてあります。このルエル・ド・タルヌは、ビジュアル的に粋なだけでなく、そのしっかりとした上品な味わいも決してこれ見よがしなものではありません。

ロートレックも認めてくれそうな「毅然とモダン」なチーズの第一候補です。

深作 るみ

京都生まれのフリーライター。夫と子供3人でフランス在住。