フランス魂の里オーヴェルニュを訪ねて

: UPDATE /
読者の皆様へ、
今月もチーズコラムをご覧いただきありがとうございます。
フランスでもコロナウィルス感染症による被害が拡大している状況ですが、不安な日々を送られる皆様に心よりお見舞い申し上げます。また、この事態がいち早く落ち着くことを願いつつ、皆様のご安全をお祈り申し上げます。
*****

フランス魂の里オーヴェルニュを訪ねて

「今年のスキーはオーヴェルニュへ行こう!」
長引いた交通ストで疲れた夫の一言で、2月のスキー・バカンスは例年のアルプスから行先変更。距離も近く、アルプス地方のスキー・ラッシュ渋滞も避けられるオーヴェルニュ地方の中央山塊は、パリジャンにとって一番身近なゲレンデです。そして「オーヴェルニュは大臣、チーズ、そして火山を生み出す」という作家ヴィアラットの言葉通り、古代から偉大なる自然、人物、そしてチーズを生み出してきた大地なのです。
冬のオーヴェルニュの山景色 (冬のオーヴェルニュの山景色。奥に広がる雪化粧をした山々でスキーも楽しめます。写真中央左手の奥に写っているのが中央山塊の最高峰ピュイ=ド=サンシー(標高1886m)です。)
雄大な火山群が並ぶ仏中央部に位置するオーヴェルニュ。太陽王ルイ14世御用達で名高いシャテルドンを筆頭にボルヴィックやヴィシーなど世界に誇る名水の産地で知られる、古代からフランス魂を培ってきたガリアの心の里です。

名門ガリアの地、オーヴェルニュ

ガリアは古代ローマがフランスのケルト系先住民部族の地を指した呼称です。この国の小学生たちが歴史で必ず学ぶのが、紀元前52年のゲルゴウィアの戦い。ガリアの大英雄、アルウェルニ部族長ウェルキンゲトリクスが、それまで散在していた諸部族で編成したガリア連合を率いてローマ軍に抵抗し、あのユリウス・カエサルに数少ない敗北を喫させた戦いです。オーヴェルニュの名は、この名門アルウェルニ族に由来します。
子供から大人までお馴染みのガリア人と言えば、国民的マンガの主人公アステリックス。ガリア連合軍の敗戦後、ローマの一属州となっても抵抗を続ける彼とその部族の面白おかしな冒険話です。誕生後60年たった今でもこのマンガが愛され続ける理由は、反骨精神で戦った勇敢なガリア人を多くのフランス人が心の祖とするところにあるのだと思います。
ウェルキンゲトリクスの娘 (8歳の息子も愛読しているアステリックス。最新刊は去年出版された「ウェルキンゲトリクスの娘」。ウェルキンゲトリクスの架空の娘が物語に登場します。)

元祖フランス・チーズの発祥地

このガリアゆかりの地は、フランスきってのチーズ名産地です。火山帯の肥沃な土壌には多種のアロマ・ハーブが育ち、香り豊かなチーズを作り出します。カンタル、サレール、サン・ネクテール、ブルー・ドーヴェルニュ、フルム・ダンベールと5種類のAOPチーズが存在し、国の4分の1の原産地呼称保護チーズ生産量を誇ります。2千年以上の昔から食べ続けられるカンタルが、現在存在する世界最古チーズの一つと言われる事実にも、オーヴェルニュの歴史の深さを感じます。
左:オーヴェルニュAOPチーズの道/右:オーヴェルニュ地方を代表するチーズ、カンタル (左/現地のチーズ協会が振興する「オーヴェルニュAOPチーズの道」。この標識をたどって30件以上の酪農家やアフィヌール(熟成士)店を巡ることができます。右/オーヴェルニュ地方を代表するチーズ、カンタル。)

美食のバイブル、ミシュランガイド

オーヴェルニュ最大の世界グルメ界への貢献が、美食のバイブルとも言われるミシュランガイドです。このグルメガイドの発案者が、この地に根差した世界的タイヤメーカー、ミシュラン社の創立者なのです。
2020年版のフランス・ミシュランガイド (2020年版のフランス・ミシュランガイド。小林圭氏のレストラン・ケイがフランスで史上初日本人シェフの3つ星店に輝いたことが大ニュースになりました。)
1886年、パリで実業家として活躍していた工学技士のアンドレ・ミシュランが、母方の親戚が経営する破産寸前のゴム工業会社救済のためにオーヴェルニュの中心都市クレルモン=フェランに呼ばれます。自分の事業で手いっぱいのアンドレは、画家の弟エドゥアールに助けを求め、1889年にミシュラン社が創立されます。その後、ゴムを利用したタイヤの可能性に目を付け、急発展を遂げます。
ミシュランガイドは兄アンドレの発案で1900年のパリ万博を機に出版されました。フランス国内に3千台ほどの車しか存在しない時代、前代未聞の広告手段です。タイヤの取り換え方、自動車修理工場、ホテル、レストランなどを載せたドライバーズ手帳で、無料配布されました。
1900年版ミシュランガイド (クレルモン=フェラン市内にあるアヴァンチュール・ミシュラン博物館に展示されている1900年版ミシュランガイド。現代版より小さい掌サイズです。)
1926年に旅行振興とホテル業支援を兼ねた格付システムが導入され、グルメガイドの方向性を確立し、1931年以降現在の3つ星システムを採用。20世紀中にフランス版だけでも3000万部の売上数で爆発的な成功を収めます。自産業に留まらず、様々な分野に革新的な影響を及ぼしたミシュラン兄弟のこの企業もオーヴェルニュが輩出した偉大なる遺産のひとつです。
ミシュラン兄弟 (ミシュラン兄弟。左が兄アンドレ、右が弟エドゥアール。イノベーションとコミュニケーション戦略に長けた兄は工学技士で、総括責任者としてリーダーシップを発揮した弟が芸術家だったという点も興味深いです。社交界でも活躍した兄は贅沢好きで、体格も良く、かなりの美食家だったようです。それに比べて弟のエドゥアールは素朴で質素な謹厳派。そんな二人の人格と才能が一つとなりミシュランを築き上げたのです。)

提訴の原因はチーズ?

今日、ミシュランガイドがシェフとその店に及ぼす社会的・経済的影響は計り知れず、シェフの自殺という悲劇まで起きています。昨年、仏トップシェフのマルク・ヴェイラ氏が当ガイドを提訴する事件もありました。彼の3つ星レストランの格下げに、地元サヴォアチーズを原料にしたスフレに英国産チェダーチーズを使用したとの誤解が原因であるという主張です。結局ミシュラン側を無実とする判決が下されましたが、ヴェイラ氏は上訴したと伝えられています。
オーヴェルニュの星付きレストランの美しいチーズ・カート (オーヴェルニュの星付きレストランの美しいチーズ・カート。ミシュランガイドの是非が問われる時代にもなりましたが、このガイドのお蔭で出会えた数々の美食体験には感動がいっぱい詰まっています。)

最高の仏流晩餐会を飾るオーヴェルニュ・チーズ

仏料理におけるオーヴェルニュ・チーズの高い位置を痛感したのが、グルメ映画の大傑作、ガブリエル・アクセル監督の「バベットの晩餐会」です。1871年のパリ・コミューンの戦乱下、命さながらデンマークの僻地へ逃れてきたバベットと彼女を取り巻く人々の話です。パリ随一のレストランのシェフとして名を馳せた彼女が、その芸術家生命を懸けて最高の仏流晩餐会の料理を用意するのですが、この映画の中に登場するチーズがフルム・ダンベール、ブルー・ドーヴェルニュ、カンタルと、紛れもなくオーヴェルニュの3チーズなのです!

華やかな他地方に比べて一見地味なオーヴェルニュですが、底力をもって古代からフランス魂とその文化を培ってきたこの土地に、畏敬の念を抱かずにはいられません。
左:バベットの晩餐会/右:オーヴェルニュの星付きレストランが盛り合わせてくれた地元チーズの一皿 (左/アイザック・ディーネセン(本名カレン・ブリクセン)の原作をもとにした「バベットの晩餐会」は1987年のアカデミー賞外国語映画賞を見事獲得しました。右/オーヴェルニュの星付きレストランが盛り合わせてくれた地元チーズの一皿。左からサン・ネクテール、ロシュバロン、そして映画に出てくるフルム・ダンベール、ブルー・ドーヴェルニュとカンタルの3チーズ。チーズの下に添えてあるのは胡桃。最高に美味でした!)
深作 るみ

京都生まれのフリーライター。夫と子供3人でフランス在住。