コロナ禍の中の生活

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― 女優マリー・パルティさんとチーズ・アペロ ―

新型コロナウイルス感染症による緊急事態が宣言されてから1年経ちましたが、美術館、映画館、コンサートホールそして劇場の閉館が続くフランス。日常の文化的娯楽の選択肢が急激に狭まってしまった中、面白い本でもないかと近所の書店へ行った時のことです。誰かが私の名前を呼んだので振り向いたら、そこに彼女がいました。顔の半分以上がマスクで覆われていても、生き生きと輝く温かく美しい笑顔がまるで表面ににじみ出てくるようで、ひと目でマリーだと分かりました。
彼女のフルネームはマリー・パルティ。女優さんです。リヨンで育った彼女は、パリの名門演劇学校クール・フロランを卒業し、テレビ番組や、『ココ・アヴァン・シャネル』など、多数の映画作品にも出演しました。しかし、そんな彼女が一番情熱を注いだのは演劇です。
演劇は、俳優たちと観客、そして関係スタッフがひとつとなる共有体験により創られ、同じ作品でも舞台ごとに書き直される、一期一会の生きた芸術であると語ってくれたマリー。古典劇から現代作品、悲劇から喜劇までレパートリーの幅は広く、数々の役を演じて来ました。
フランスの中高生が学校で必ず学ぶ17世紀の古典主義三大劇作家・コルネイユ、モリエール、そしてラシーヌのヒロインたちをこなし、シェイクスピア作品では『アントニーとクレオパトラ』の女王クレオパトラも見事に演じました。また、英国の伝説的コメディグループ、モンティ・パイソンの『空飛ぶモンティ・パイソン』初の外国語版舞台にも紅一点で出演。自国フランスだけでなく、オリジナルメンバーたちが観客に混ざった本国イギリスでも拍手喝采を浴びるという快挙も成し遂げています。
(Photo:Bruno Peroult)

モンティ・パイソンのチーズ・ネタ

ここでちょっとチーズ・ネタですが、モンティ・パイソンの名スケッチ(寸劇)のひとつに『チーズ・ショップ』というものがあります。チーズを購入しようと店に入ってきた客が、40種類以上のチーズの名前を次々挙げるのですが、どのチーズも無く、結局はチーズを置いていないチーズ屋さんであるという、シュールで可笑しなものです。チーズ・ファンにはたまらないこのスケッチの更に面白い点は、客役を演じるジョン・クリーズ(Cleese)の苗字が、元々はチーズ(Cheese)だったという、知る人ぞ知る事実です。

嬉しい再会

マリーとの出会いは、今では高校生の長女が小学校に入ってすぐ彼女のお嬢さんと友達になったのがきっかけで、親同士も仲良くなりました。美人で明るくユーモアいっぱい、しかも博学な彼女は楽しいだけでなく、困った時にはすぐ駆けつけてくれる広い心の持ち主です。娘たちも成長し手が離れ、このところ近所ですれ違うこともないままご無沙汰状態だったので、とても嬉しい再会でした。
久々に会って積もる話も多い中、フランスでは店内での飲食が禁止されているのでカフェもレストランも営業する場合はテイクアウトのみ可能、というコロナ禍のこのご時世。最初は散歩でも一緒にとも考えましたが、せっかくならゆっくり落ち着いて昔のように家でアペロでも一緒にと誘ってもらいました。幸い2日前にPCR検査で陰性結果が出たばかりのタイミングでした。

チーズで楽しむアペロ

アペロとは、フランス語のアペリティフ(食前酒)の略語で、一般に食事の前に軽く一杯やって楽しむことを言います。普段に前菜・メイン・デザートと順番に食べるフランスでは、人を食事に呼ぶ時は、料理や食器の用意だけでもそれなりの時間と努力が必要です。しかも、もてなす側は何かと忙しく、なかなか座ったまま会話を楽しむことができません。それに比べて飲み物とおつまみさえあれば準備万全のアペロなら、招待する方もされる方もずっと気楽です。また、アペロに「デジュネトワール(昼食の)」や「ディナトワール(晩食の)」という形容詞がつくと、おつまみの内容と量が豊かになり、食事を兼ねたアペロになります。年々、気軽なアペロを楽しむライフスタイルが増え、外出規制で実際に人に会うことが許されない状況下、フランスでは「オンライン飲み会」ならぬ「オンライン・アペロ」も人気でした。
さて、マリーとのアペロですが、現在フランスでは、午後6時のロックダウンなので、今回は昼食時の約束です。そこでお互い大好きなチーズを主役に決定。何よりもチーズの魅力は、手をかけなくてもそのままでグルメなアペロを味わえるところにあります。ご存知の通り、フランスでは食事のメインの後にチーズを食べるのが王道ですが、最近では美味しいチーズをよりカジュアルにアペロで楽しむ食べ方も奨励するチーズ専門店が増えています。

アペロ用チーズ・プレート

アペロ用チーズ・プレートを用意するにあたって工夫できる点は、食後のものよりチーズの種類を増やすことです。チーズタイプも様々にすると増々楽しく充実します。今回のプレートは全てフランスのチーズで盛り合わせてみました。
まず選んだのが、春の到来とともにチーズ屋さんで顔を出し始めたサン・マルセラン。可愛い手のひらサイズの白カビタイプで、マリーが育ったグルメ都市リヨンを代表するチーズです。ウォッシュタイプは、シャンパーニュ地方産のラングル。青カビタイプは「オーヴェルニュの青」を意味するブルー・ドーヴェルニュ。ハードタイプは、スイス国境に位置するドゥー県産の最低熟成12か月のコンテ。セミ・ハードタイプはバスク地方を代表するチーズで羊乳が原料のオッソー・イラティ。それから最後に、シェーブルタイプはロワール地方産のサント・モール・ド・トゥレーヌを選びました。これでフランス各地から6種類のチーズタイプ、そして原料のミルクも牛乳・羊乳・山羊乳と3種類のものが揃いました。
これらを前もって一口サイズに切っておくとアペロ用に食べやすいです。ドライフルーツやナッツ、果物などを添え、美味しいワインとパンが揃えば完璧。食事も兼ねたアペロにするなら、コールドカットやサラダを付け合わせるとますます豪華です。
プレートが完成したら、チーズとともに味覚の旅へ、いざ出発!
(マリーと用意したチーズ・プレート。前列左から、サン・マルセラン、サント・モール・ド・トゥレーヌ、コンテ。後列はブルー・ドーヴェルニュ、ラングル、そしてオッソー・イラティ。)

チーズを肴に話題はモリエール

美味しいチーズを肴に会話も弾み、お互いのキャッチアップが終わると演劇の話題になりました。英語の劇作家と言えば、すぐシェイクスピアの名があがるように、フランス語の劇作家と言えば、人々がまず頭に浮かべるのがモリエールです。
マリーが演じた名作『タルチュフ』のエルミールは、モリエール作品の中でも最も魅力的なヒロインの一人と言われています。裕福な商人オルゴンの美しい妻である彼女は、夫から財産・家族・名誉を騙し取ろうとするペテン師・タルチュフの偽善を最初から見抜き家族を破滅から救う、清く、賢く、芯の強い女性で、いつの時代にも通用する女性の鑑です。しかも、この役を初舞台で演じたのは、当時最も名のある女優のアルマンド・ベジャールでモリエールの妻でした。喜劇の中の辛辣な社会風刺をもって勇敢に真実を問い続けるモリエールの常に新鮮な普遍的テーマの探究と人間描写の深さに、マリーは演じることを通して一層感動したそうです。
モリエールは演劇だけでなく、フランス語にも大きな影響を与えました。彼の作品は貧乏人から貴族まで様々な階級や境遇の登場人物達の言葉を常に生き生きと、鮮やかで的確に捉えています。現代フランス語文法の基礎が確立された時代とも重なり、フランス人たちは誇りをもって自らの言語を「モリエールの言葉」と呼んでいます。近年では2016年に、公的工事現場などで外国人や移民であってもフランス語の使用を義務付ける「モリエール条項」が定められました。このように死後350年近くたった今でもモリエールの名前と作品は生き続けます。
演劇に人生を捧げたモリエールは、自作『病は気から』を最後の力を振り絞って演じ終えた後、自宅に担ぎ込まれ息を引き取りました。この偉大なる人物が最期に口にしたと伝えられているのは、ひとかけのパンとパルメザンチーズです。
(アットホームでモリエールを語りながら美味しいチーズに満面の笑顔。)

コロナ禍にめげないアーティストのエスプリ

文化国フランスで、カルチャー空洞とも呼べる状態が続きます。マリーの場合も例外ではなく、2020年にフランスとスイスでの巡回公演が予定されていた作品はコロナ禍のため2回の公演のみで中止となり昨年3月以来舞台に立っていないとのことです。エンターテインメント業界で働く俳優やテクニシャンを支援するフランスでは、幸い彼女のようなプロには今年の8月末まで補助金が保証されています。しかし女優業一筋でやってきたマリーにとって演じることは単なる生業ではなく、本質的な個人の表現です。
そんな大切な生活の一部が日常から奪われた状態が1年以上続いています。観る人々に気晴らし、励まし、時にはセラピー的な癒しももたらす舞台。「コロナ禍に苦しむ人々に一種の救いを一瞬でも提供できる可能性を秘める舞台が、本来の機能を果たせない状況にあるのはアーティストたちだけでなく観客の為にも非常に残念です。一日でも早くまた舞台の素晴らしさと喜びを皆さんと共有したいです。」と、マリーは語ります。
(オンステージのマリー。劇場が笑いと拍手に包まれたコメディ作品の一場面。)
このように厳しい状況ですが、昨年にパリでの公演を終了したコメディ劇、『Comme des sœurs (姉妹のような)』が大好評につき再追加公演が予定されています。ある出来事をきっかけに年に一度集まる幼馴染みの中年女性3人の友情がテーマです。それぞれ人生の喜怒哀楽を語り、つっこみを入れ合う姿に観客たちは笑い、共感し、最後には温かい気持ちでいっぱいになる人間味深い作品で、コロナ禍が世界中を襲う前に発表されたものです。今の私たちは感染症対策のため安全衛生プロトコルを常に気にしながら、良き友に会っても彼女たちのように気ままに触れ合う事すらできません。こんな時だからこそ、いち早くまた正常化してほしいこれらの日常の小さな喜びを、舞台を通して思い出し再体験したいものです。
再び舞台を楽しめる日が早く訪れることを祈りつつ、マリーの今後の活躍にも期待大です!
(『Comme des sœurs 』の2021年版ポスター。題名の下に「好評につき追加公演」と書かれています。)
「パン、チーズとワインがあれば、よい友になれる」というスペインの諺があります。久々に再会できた友人と共にした、これら3つの飲食物が揃った美味しいチーズ・アペロ。コロナ禍の中でも友情の醍醐味を味わえた、嬉しいひと時でした。
深作 るみ

京都生まれのフリーライター。夫と子供3人でフランス在住。