Made in PARIS

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7月14日は革命記念日でフランスの国家の日です。前夜から国中がお祭り騒ぎ。この祭を主題としたルネ・クレール監督の映画の邦題が『巴里祭』だったことから日本では「パリ祭」とも呼ばれていますが、この日の主役はやはり首都パリと言えるでしょう。

ハイライトは仏大統領出席のもと朝に開催される見事な軍事パレードです。各部隊がシャンゼリゼ通りを、各種飛行機やヘリコプターがパリの空を行進するのですが、この幕切れはフランス空軍アクロバットチームによる演技飛行で、天に描かれるトリコロールの飛行機雲は息を呑むほど鮮やかです。日中には様々なイベントが開催され、夜は花火大会と盛大です。


(左/パリ消防旅団が主催する恒例ダンス・パーティーのポスター。7月13日の夜9時から14日の朝4時まで開催。中央/国のエリート消防士団であるパリ消防旅団が大活躍で、彼らによる驚嘆のアクロバット・デモンストレーションなども目にすることができます。右/凛々しい軍服姿のパレード参加者たちと気軽にお話しできるのもこの日の醍醐味です。)
(左/パリ消防旅団が主催する恒例ダンス・パーティーのポスター。7月13日の夜9時から14日の朝4時まで開催。中央/国のエリート消防士団であるパリ消防旅団が大活躍で、彼らによる驚嘆のアクロバット・デモンストレーションなども目にすることができます。右/凛々しい軍服姿のパレード参加者たちと気軽にお話しできるのもこの日の醍醐味です。)

世界を変えた革命の震源地パリ

1789年同日に民衆が絶対王政の象徴であるパリのバスチーユ牢獄を襲撃したのがこの記念日の発端です。これがフランス革命の幕開けとなったのです。革命により絶対王政が倒れ封建的特権は廃止され、人間の自由と平等、三権分立などを原則としたフランス人権宣言が誕生します。世界規模で社会のあり方に大きな影響をもたらしたこの市民革命の震源地がパリだったのです。
(メトロ・バスチーユ駅の壁には、バスチーユ牢獄襲撃の様子をあらわすタイルがあります。)
(メトロ・バスチーユ駅の壁には、バスチーユ牢獄襲撃の様子をあらわすタイルがあります。)

パリの発祥地とされるシテ島

そんなパリの発祥地とされているのが市内中心部に流れるセーヌ川の中州のシテ島です。ユネスコ世界遺産の「パリのセーヌ河岸」の一部でもある中世の趣が残る美しいこの島は、ノートルダム大聖堂の所在地としても有名です。

紀元前1世紀に古代ローマがフランスを中心とするケルト系先住民部族の地をガリアと称した時代には、「沼地の都市」を意味するラテン語でルテティアと呼ばれ、征服者ユリウス・カエサルの『ガリア戦記』に登場します。

5世紀頃から先住民のパリシイ族(Parisios)が住む都市を意味するパリ(Paris)という名で呼ばれるようになり、6世紀に王の住居が定められフランス王国の前身国家であるフランク王国の都となります。

島に建設されたシテ宮には、王宮だけでなく国王参事院や王政の裁判を管轄したパリ高等法院などが置かれその後、王政の象徴となっていきます。14世紀に居城が移された後も主要司法機関がそこに残りパレ・ド・ジュスティス(司法宮)という名前が付きます。この一部は王宮と牢獄を管理するコンシエルジュという財務監督官に任されたことからコンシェルジュリーと呼ばれ、フランス革命中はあのマリー・アントワネットが幽閉されていたことでも有名です。

(セーヌ川に浮かぶシテ島。中世のおとぎ話に出てきそうな宮殿がパレ・ド・ジュスティスです。)
(セーヌ川に浮かぶシテ島。中世のおとぎ話に出てきそうな宮殿がパレ・ド・ジュスティスです。)

「パリ・美食の都-中世から現在まで」展

このコンシェルジュリーで「パリ・美食の都-中世から現在まで」展が開催されました。中世以来、パリがその美食文化によりどのように国の威信を高めてきたか、レストランという言葉がこの街で生まれどのように発展してきたか、元祖近代的中央卸市場レ・アルが急増加するパリ住民の食欲をいかに満たしたかなど、とても興味深い内容でした。
(「パリ・美食の都-中世から現在まで」展のポスター。上半身は中世風の王様がパリのカフェでよく見かけるテーブルと椅子で寛ぎストローをさしたドリンクを楽しんでいる姿がチャーミングです。)
(「パリ・美食の都-中世から現在まで」展のポスター。上半身は中世風の王様がパリのカフェでよく見かけるテーブルと椅子で寛ぎストローをさしたドリンクを楽しんでいる姿がチャーミングです。)
この展覧会は、1378年にコンシェルジュリーでシャルル5世が叔父で神聖ローマ皇帝のカール4世を招待し800人の招待客とともに催した大祝宴をパリが美食の都となった大イベントとして位置づけています。それ以来この街が辿ってきたグルメの歴史と現在に至るイノベーションについて知ることができます。
(左/大祝宴のオリジナル・メニュー。「金箔に覆われたイチジクの詰め物」「トリコロールの煮込み」など想像をかきたてるものを含む豪華絢爛な内容でした。右/フランス語で書かれた最古の料理本と言われる『ル・ヴィアンディエ』。この作者とされるのが、祝宴を担当した伝説の宮廷料理人タイユヴァンで、世界で名高いパリの同名老舗レストランは彼から名前をとっているのです。)
(左/大祝宴のオリジナル・メニュー。「金箔に覆われたイチジクの詰め物」「トリコロールの煮込み」など想像をかきたてるものを含む豪華絢爛な内容でした。右/フランス語で書かれた最古の料理本と言われる『ル・ヴィアンディエ』。この作者とされるのが、祝宴を担当した伝説の宮廷料理人タイユヴァンで、世界で名高いパリの同名老舗レストランは彼から名前をとっているのです。)

「パリの胃袋」レ・アル市場

シテ島にあったパリ最古の中央市場が12世紀に島外に移され、その場所が中央市場を意味するレ・アルと呼ばれるようになります。19世紀に最新技術を酷使した近代的中央卸市場レ・アルが建てられ大繁盛します。当時すでに人口150万人を達したパリ住民の食料品を賄う最先端の流通システムを用いたこの市場は近代の象徴でもありました。
(1969年に中央卸市場が郊外に移された後、レ・アル市場の建物は取り壊され、その後にショッピングセンター、フォーロム・デ・アールが建てられました。)
(1969年に中央卸市場が郊外に移された後、レ・アル市場の建物は取り壊され、その後にショッピングセンター、フォーロム・デ・アールが建てられました。)
ここを舞台にしたのが文豪エミール・ゾラの小説『パリの胃袋』です。1873年に発表された後にその題が当市場の代名詞となります。これを読むとそこに並ぶ品々や働く人々、その場の活気に包まれた音やにおいまでが五感に伝わるようなリアルな描写とともに当時のレ・アル市場の様子が目に浮かびます。
(ゾラ手書きの『パリの胃袋』のオリジナル原稿が展示されていたのにも感動しました。)
(ゾラ手書きの『パリの胃袋』のオリジナル原稿が展示されていたのにも感動しました。)

チーズ交響曲

展示物の一つにチーズの静物画がありました。その題は「チーズ交響曲ブリー・マイナー」。『パリの胃袋』作中でチーズ屋での臭覚体験が描写されている「チーズ交響曲」として知られる有名な一節から発想を得たものです。ありのままに現実を描写し、真実を追求するために物事の美化や理想を否定する自然主義文学運動の定義者だったゾラ。カマンベール、マロワル、リヴァロなど様々なチーズの強い臭気を決して美化しない反面、それぞれが放つにおいを楽器の音色に例え、チーズのオーケストラが奏でるシンフォニーを文体で創造してしまうところに凄みを感じます。
(マリージュール・ジュスタン作「チーズ交響曲ブリー・マイナー」(1888)。ブリー・マイナーはB minor(ロ短調)の寓意。この絵からブリーの皮は昔、オレンジがかった灰色だったことも分かります。現在のベルベットのような白い皮は、より美しい見栄えになるように人間の管理下におかれたカビが形態上の変化を遂げたものなのです。)
(マリージュール・ジュスタン作「チーズ交響曲ブリー・マイナー」(1888)。ブリー・マイナーはB minor(ロ短調)の寓意。この絵からブリーの皮は昔、オレンジがかった灰色だったことも分かります。現在のベルベットのような白い皮は、より美しい見栄えになるように人間の管理下におかれたカビが形態上の変化を遂げたものなのです。)
『パリの胃袋』は、ゾラのライフワークである『ルーゴン・マッカール叢書』という一家族を数世代にわたって追った全20巻からなる作品群の3冊目です。この大作でゾラの出世作となったのが3年後に発表された『居酒屋』です。この小説の舞台となるのがパリ北部18区にあるラ・グットドールと呼ばれる地区ですが、ここに今フランス中が注目するあるチーズ屋さんがあります。

ラ・レトリー・ド・パリ

20世紀半ばまで、パリでも酪農が営まれ「レトリー」と呼ばれる乳製品加工販売所でローカル・チーズを手に入れることができました。しかし急激な都市化によりこれらは消え去り、チーズは街の外で生産されるようになりました。この常識を覆したのが2017年末に開店したラ・レトリー・ド・パリ(La Laiterie de Paris)。ここで今世紀初のMade in Parisの「アーバン・チーズ」が誕生したのです。
(左・中央/「FROMAGERIE(チーズ屋)」としか書かれていないさり気ない外観の小さなお店ですが、その中には奥深い美味な世界が。ここで作られる各種チーズや2年前に19区に開店した第2号店で作られる各種ヨーグルト等を販売。右/お店の奥にあるチーズ工房にはシェーブルのブーシュやまだ型に入ったサンフェリシアンなどが並んでいました。)
(左・中央/「FROMAGERIE(チーズ屋)」としか書かれていないさり気ない外観の小さなお店ですが、その中には奥深い美味な世界が。ここで作られる各種チーズや2年前に19区に開店した第2号店で作られる各種ヨーグルト等を販売。右/お店の奥にあるチーズ工房にはシェーブルのブーシュやまだ型に入ったサンフェリシアンなどが並んでいました。)
この事業は、チーズを主とした手作り乳製品を消費者たちに届けるだけでなく、原料となるオーガニック・ミルクを小規模酪農家たち自身が決めた公正な価格で購入します。こうして酪農家たちの仕事を尊重・支援し、ミルクの品質も維持。美味しく健康的で環境保全にも結び付くローカル商品で地元の人々との絆も深め地域の一体性を拡大するという社会的効用も果たしています。
Ⓒ La Laiterie de Paris(創立者のピエール・クーロンさん。世界を旅し、ヤギ飼育者やパリの名チーズ店勤めなどで経験を積んだ後、オーガニックで公正なダイレクトトレードを土台にパリで手作りチーズを製造販売する新しいビジネスを考案。クラウドファンディングで資金を集め、ラ・レトリー・ド・パリを開店。近年にはノルマンディーの古いチーズ・ファームを購入しカマンベール・ド・ノルマンディーAOP等の生産も手掛けているチーズ界の風雲児です。)
Ⓒ La Laiterie de Paris
(創立者のピエール・クーロンさん。世界を旅し、ヤギ飼育者やパリの名チーズ店勤めなどで経験を積んだ後、オーガニックで公正なダイレクトトレードを土台にパリで手作りチーズを製造販売する新しいビジネスを考案。クラウドファンディングで資金を集め、ラ・レトリー・ド・パリを開店。近年にはノルマンディーの古いチーズ・ファームを購入しカマンベール・ド・ノルマンディーAOP等の生産も手掛けているチーズ界の風雲児です。)

パリ市のMade in Parisセレクション

首都産の豊かで多様性に満ちた品物の促進を目的に、パリ市は2017年以来パリ製のエシカルで優れた商品にMade in Parisを意味する「FABRIQUÉ À PARIS」ラベルを付与しています。ラ・レトリー・ド・パリのチーズもこの栄誉に輝いています。
(Made in Parisを意味する「FABRIQUÉ À PARIS」のロゴ。)
(Made in Parisを意味する「FABRIQUÉ À PARIS」のロゴ。)
(ラ・レトリー・ド・パリのMade in Parisチーズ三種。左が「FABRIQUÉ À PARIS」ラベルを獲得したシェーブルチーズ、ラバ。しっかりした山羊乳の味でびっくりするほどクリーミーな看板商品です。右がドライ・アプリコットのフルーティーな甘みとバジルの豊かな香り、そしてピスタチオの上品な芳ばしさが絶妙に調和されたブリー。中央上はノルマンディーで作られパリで熟成されたチェダー。コクのあるいいお味でした。)
(ラ・レトリー・ド・パリのMade in Parisチーズ三種。左が「FABRIQUÉ À PARIS」ラベルを獲得したシェーブルチーズ、ラバ。しっかりした山羊乳の味でびっくりするほどクリーミーな看板商品です。右がドライ・アプリコットのフルーティーな甘みとバジルの豊かな香り、そしてピスタチオの上品な芳ばしさが絶妙に調和されたブリー。中央上はノルマンディーで作られパリで熟成されたチェダー。コクのあるいいお味でした。)
Made in Parisは、今回ご紹介させていただいたグルメ文化、文学、そしてアーバン・チーズに限られず、この首都の洗練されたクリエイティブ・パワーはとどまるところを知りません。パリ2024夏季オリンピックを1年後に控え今後の発展にも期待大です。

Vive Paris(パリ万歳)!

深作 るみ

京都生まれのフリーライター。夫と子供3人でフランス在住。